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インバウンドを読む(特別篇)Transit General Office代表 中村貞裕

By SCP編集部 in インバウンドを読む(インタビュー)

外国人観光客数が毎年更新される日本。それに伴い、いわゆるインバウンド事業はますますヒートアップし、外客誘致に取り組む企業や自治体数も日に日に伸びているのが現状です。特に、長期滞在や高額支出といった旅行傾向をもつ訪日オーストラリア人は、「いいお客様」として認知されつつあり、オーストラリアはインバウンド事業の新しいターゲットとして注目株の国です。

そんな魅力的なマーケットであるオーストラリアの人気レストランを続々と日本に上陸させ成功に導く企業があります。“世界一の朝食”が食べられると称される「 bills(ビルズ)」を筆頭に、「The Apollo(アポロ)」「Longrain(ロングレイン)」などの有名店の日本での展開を手がけるだけでなく、海外国内の有名アパレル企業のプライベートパーティなどでのケータリング、ホテルや企業などの空間プロデュース、世界最大級のレンタルオフィスやカフェ・アパートメントなどを一体にした複合型のコワーキングスペースなどを続々と生み出し、さらに新幹線までもをプロデュースしてしまうといった多彩なプロジェクトの仕掛け人として日本でも注目を浴びています。

日本のカルチャーに新風を巻き起こす、その企業とは「トランジットジェネラルオフィス」。

手がけたスポットは常に話題を呼び、トレンドの牽引役として知られるトランジットジェネラルオフィスは、いまや日本とオーストラリアの架け橋としても大きな役割を担っています。今回は、その代表取締役社長である中村貞裕さん(以下、中村)に、数々のビジネスを成功に導く秘訣や、中村さんから見るオーストラリアについてお話を伺いました。

− 多岐にわたるビジネスは、どのように展開していったのですか?

自然の流れですね。例えば、ケータリングですが、僕が最初にオープンさせたカフェのお客さんにアパレルの方が多く、ファンでもいてくれたので、彼らから自分の店のオープニングパーティのとき、出張して何かやってくれないかという依頼があったんです。そこで、以前パリやニューヨークで出席したパーティをヒントに、イケメンを集め派遣したら、これが好評でさまざまな企業から声がかかるようになり、ケータリングを事業化したわけです。

不動産事業は、ニューヨークにあるコワーキングスペースのような空間をつくりたいなと思っていたら、古いビルなどにどんどん空きが出たのでマスターリースして、空間をつくり上げていきました。そうしたら軌道に乗り、今となってはこの事業に関して日本で一番勢いがあるんじゃないですかね。

それから、鉄道はJRの人と知り合いになり、東日本大震災で使えなくなってしまった3両電車を面白くしたいので考えてほしいという依頼を受けました。そこでレストラン列車という提案をしたら気に入ってもらい、予約が取りにくいと言われるほど人気が出たのです。この実績から新幹線や伊豆踊り子号など5つくらい手がけました。

東北各地の伝統工芸をモチーフにしたインテリアを施し、3両の列車全体をレストランに改装したプロジェクト「TOHOKU EMOTION」 

▶︎TOHOKU EMOTION

今、飲食を中心としたオペレーションは100店舗くらいあります。これも同じように実績からさまざまに派生していきました。例えば、グッチのカフェを手がけたら他のアパレル企業さんからも依頼が来るようになったり、ベンツのカフェをスタートさせたらレクサスさんからオファーが来たりなど…。

海外のレストランをライセンス契約し、次々と日本に初上陸させるのも、billsを手がけたことで実績とライセンスノウハウを手にしたからです。17年前に小さいカフェをオープンし、これがうまくいったから2号店を作ろうかなというだけで、ここで失敗してたら飲食はやってないでしょうね。

− billsとの出会いはどのようなものだったのでしょうか?

bills七里ヶ浜店内と「世界一」と称される朝食メニュー

billsは、事業パートナーのサニーサイドアップさんが日本でビル・グレンジャー氏のマネジメントをするということで、彼が来日したときに開かれた試食会に招待されたのです。そのとき味わった食事が、すごくおいしかった! 当時、七里ヶ浜に海の見えるレストランをプロデュースする予定で動いていたので、その店をbillsにしませんかと提案したのです。

単純にこれをbillsにしちゃいたいなという軽い気持ちで始めたので、海外ライセンスノウハウも、ましてやそれを事業化する発想なんてありませんでしたよ。billsさんも同様でしたので、3社で話し合って決めていきました。タイミングが合い、みんなで一緒にビジネスをクリエイトしていった感じですね。

それで成功できたので、このノウハウを使っていろいろなものを探していくうちに、今のようなライセンス契約して日本に初上陸させるというトランジットのスタンダードができあがりました。

▶︎bills shichirigahama

▶︎bills Japan インスタグラム

− そのほかにもオーストラリアの有名レストランを日本にたくさん初上陸させていますが、なぜオーストラリアなのでしょうか?

billsがきっかけとなり、オーストラリア、特にシドニーに訪れる機会が増えました。もとから縁があったわけではないんです。オーストラリアに足を運ぶ機会が多くなると同時に着実に実績を積んでいったので、レストランオーナーやその他いろんな人に出会うようになっていきました。

billsを成功させたことで、「Fratelli Paradiso(フラテリ パラディソ)」や「Guzman Y Gomez(グズマン イー ゴメズ)も話が進んだり、アポロのネットワークから姉妹会社であるロングレインともつながったり。こうしたビジネスチャンスを得たときには、会社の体制や資金、スタッフが揃っていたので、時間をかけずにスタートを切ることができたんです。

そうして、いつの間にかオーストラリアのいいものを日本に上陸させることが多くなっていきました。もし、ニューヨークの店を先に手がけていたら、ニューヨークのものが多くなってるんじゃないかな(笑)。

オーストラリア発のメキシカンダイナー、「Guzman y Gomez」

▶︎Transit General Office – Guzman y Gomez Shibuya

− 中村さんから見たオーストラリアを教えてください。

オーストラリア、特にシドニーですが、僕のイメージ以上にインテリアや食事、盛り付けのセンスがいい! とても参考になります。そして、食材などが今のヘルシー志向の東京にマッチしています。だから、オーストラリアはいいなと思ってるんですよ。

オーストラリアのお店を日本にオープンさせるのももちろんですが、近年ではオーストラリアのクリエイティブを日本にもってくることを始めています。ロングレインのデザイナーには、丸の内につくる大規模なレストランをデザインしてもらう予定です。

オーストラリア人のデザイナーは、日本人の感覚にないインスピレーションや発想をもっているので、すごく新鮮。照明ひとつにしても、見たことのないモノを使うんですよ。ハッピーな感じにさせる色使いなども気に入っています。

それから、オーストラリアはロケーションもいいですね。特にシドニーは東京や鎌倉に通じるものがあると思うんです。例えば、ボンダイは七里ヶ浜に合うし、ポッツポイントは広尾、代官山、恵比寿などにマッチする。東京っぽさや鎌倉っぽさを感じさせられる場所が多いですね。

また、オーストラリアは陽気な人が多く、みんなフレンドリー。優しいし、おもてなし力が高いんです。アメリカ人とも仕事をしていますが、それに比べるとビジネスライクじゃないし、僕らの軽いノリもそのまま受け入れてくれます。

一緒に成長して頑張っていこうという意欲があり、アジア人としての僕らをリスペクトしてくれます。そして、東京を尊重してくれ、憧れを持ってくれているという感じがするんです。だから、すごく仕事がしやすい。

オーストラリア人は僕らに任せてくれているので、とんとん拍子で仕事が進みます。選んでるパートナーがそうなのかもしれませんが、いいものを共につくろうといった意識があるので物事の進行がスピーディですね。

− オーストラリア人をはじめ、海外の方とビジネスするときに気をつけていることはありますか?

オーストラリア発のモダンギリシャレストラン、「The Apollo」

Transit General Office – The Apollo

子どもを育てるみたいに彼らが育てた店を僕らが預かるので、彼らが嫌な思いをしないようリスペクトしています。一緒にビジネスしなきゃよかったなんて思ってほしくないですからね。だから、オリジナルの店を運営するより、緊張感と責任感をもって仕事しています。

僕が海外のものを見つけるときには一時的に爆発しているものではなく、たまたまうちのメディア力ですっごい話題になってしまっているんですが、話題になるより長く愛される店に着目してるんです。2年前に大ブレイクした店ではなく、みんなが知っていて当たり前のように街に馴染んでいる、最低でも10年以上愛され続けているという店を日本にもってくるようにしています。

そうした店だからこそ、メニューや内装など細部にわたるまで、“そのまま”を実現するようにしているんです。それは、馴染まれている店なので行ったことがある人が多く、その人たちの想い入れも強い。日本のbillsに来て「ちょっと違うじゃん」と思ったら、来店してくれた人をがっかりさせちゃうでしょ。ライセンス料を払っていることもあり、忠実に再現することをベースとしています。

ただしヒアリングしたり、運営していく中で、ここはちょっと変えないといけないというときだけは止むを得ず変えることも。例えば食材がなかったりなどね。そのときはトランジット色を出さないようにし、何をやるにも承諾得てから実行しています。彼らを無視して何かすることはないですね。

− 日本で盛んとなるインバウンド事業ですが、トランジットジェネラルオフィスではどのようなインバウンド対策をしていますか?

海外の方が確実に増えていますよね。もっと増えるといいなと思っています。うちは、特にインバウンドに向けて何かを開発はしたことはありませんが、こうした時代の流れに対応すべく、英語対応できる人を採用したり、ハイセンスな海外のスタンダードなものをもってきて、異国の人たちが「東京って意心地いいな」と思うような店にしています。

僕の理想の光景は、ニューヨークみたいに各国のハイスタンダードなレベルものが、日本にもたくさん存在していること。訪日した人が安心して楽しめますからね。だから、グローバルスタンダードとしてセンスのいいものを発見し日本に取り入れるのが、うちのインバウンド対策といえるでしょうか。

うちはオーストラリア発の店が多いので、日本にこんなにオーストラリア人がいたのかと思わせるほど、オーストラリア人がよく来店してくれます。オーストラリアに向けたインバウンド事業がさらに活性化すると、オーストラリア人にもっと来店してもらえるからありがたいですね。また、こうした店があることで、インバウンド事業を手掛けている皆さんもオーストラリア人を呼び込みやすくなってもらえるのではないかなと思っています。

− 海外ライセンスのレストランはもとより多数のビジネスを成功に導いていますが、その秘訣はなんでしょうか?

僕は、僕ができることをやっているので、成功する確率が高いだけだと思います。もし失敗したら、すぐにやめますね。できないことはやらない。できることが、やりたいことなんです。もし、僕が今プロのサッカー選手になりたいと思っても、現実無理ですよね。だから、それをやりたいと思わないんです。

このスタンスは、昔から変わらないですね。最初にカフェをオープンしたときも、手頃な物件があり、学生時代からパーティを開催してきた縁で友達が多く、シェフの知り合いがいたので、これならカフェができると思ったんです。そしたら、カフェを経営したくなりスタートしました。

海外で受けた刺激も同じです。パリに行ったときのことですが、昼間は普通のカフェだったのに、夜はカーテンを閉めてクローズし、店内でDJによる音楽が鳴り響き、すごく楽しそうでした。当然、部外者である僕は中に入れてもらえませんでしたが、なんとかして入れてもらったら、そこではファッション関係者がたくさん集まり、プライベートパーティが繰り広げられていたのです。それを見て、これやりたいなと思ったんですね。

数年後、大きなカフェを貸し切って、赤いカーテンで店内を隠し、タキシードを着た黒人のドアマンを入り口に立たせて、DJに音楽を流してもらうイベントを開催しました。その頃、カフェをイベントスペースに変えることはできたので、このパーティは僕もできると思ったからやってみたんです。もちろん、大好評でした。

僕は自分ができることをやりますが、できなくても誰かをプラスすればできるんだったらそれをやります。会社も同じで、会社ができることをやってます。billsを手掛けてノウハウを得たから、海外ライセンスの事業ができる。だから、それをもっとやりたい。

もし、やりたいことがあって自分ができないなら、どうやったらできるようになるか考えます。例えば、英語が得意じゃないなら英語を話せる人を雇えばいいですよね。だから、できるようにしないまま、できないのにやりたいことをやろうとすると失敗してしまうのではないでしょうか。

会社が成長すればするほど、できることが増えるので、やりたいことが増えていきます。しかし、仕事をすればするほど会社が大きくなり、新しいことを手掛けていくので、やり残していくこともどんどんたまり、ちょっと欲求不満になることも。

ただ、取り残したことを振り切りながら前に進んで行くと、僕が5年前にやり残したことを会社の若手が手掛けてくれたりするので、結果的にはやり残したバッグログも解消できているんじゃないかなと思っています。

やりたいことは捨てずにとっておきますが、時代の流れとともになくなっていくものも。だって、その時にやりたいじゃないですか。こうして、やりたいことは全部できないんで、飽きるってこともないです。

− 中村さんの「やりたいこと」は、どのように見つけていくのですか?

僕はベースが東京や鎌倉なので、そのエリアがもっとかっこよくなってほしいと思っています。そうした想いを持ってセンスのいい場所や店に出会うと、こういうスポットや店を東京や鎌倉に増やしたいと思うんです。だから、僕がかっこいいな、ステキだなと思ったものを見続けると、これらが日本にない悔しさが高まり、早く展開したいという欲が湧き出てくるんです。これが仕事のモチベーションとなっていますね。

そして、優秀な才能に出会うとその人と仕事がしたくなります。その人と仕事を創りたいという気持ちが盛り上がるので、誰とも会わずに何も見なかったら、仕事のモチベーションが下がるでしょう。

ちなみにオーストラリアは、僕がいいなと思うものが多いので、仕事のモチベーションが上がりますね。

− 将来の構想を教えてください。

海外ライセンスもの、ホテルのプロデュースなど構想はいろいろありますが、例えば3年後はさらに会社が成長していると思うので、できることが今よりも増えていると思います。そして僕はすぐにスタッフに任せるので、僕ができることはもっと多くなるはず。

今考えられることは3年以内にやっているでしょうし、その後は今考えられないことができるようになっているので、この段階で将来のやりたいことを考えるのは無駄ですね。

夢という話になると、もう個人の夢ではなくなっているのが現状です。アルバイトスタッフを含めると3,000人という会社の規模なので、個人の夢というより、社員みんなの夢や僕に関わる人の夢を実現するといった志みたいなものになっています。

去年から、カルチャーエンジニアリングカンパニーになりたいと言っています。今までなかったカルチャーを生み出し、ライフスタイルに浸透させ、それによって東京をもっとかっこよくしたいと考えているのです。billsが日本に来たことで、2,000~3,000円の朝食を食べることが日常に生まれたという人も増えています。

こうしたライフスタイルに影響を与えるような仕事をし、アジアもしくは世界での有数の会社になるという志もあります。今まで積み重ねてきた実績がある今だからこそ、言えることです。

僕から好奇心や向上心がなくなったら、すべてが止まってしまうでしょうね。人やいいものへの好奇心、自分よりレベルの高いセンスあるものを見たいという好奇心、それによって自分の向上心がアップし、新しい物事をクリエイトできます。これらをもつ限り、僕はカルチャーを創り続け、世界に注目されるかっこいい日本を生み出していきます。

 

トランジットジェネラルオフィス 代表取締役社長・中村貞裕
1971年生まれ。慶応義塾大学卒業後、伊勢丹へ入社。2001年に「ファッション、音楽、デザイン、アート、食をコンテンツに遊び場を創造する」をコンセプトにトランジットジェネラルオフィスを設立。常にハイスタンダードで独創性に溢れたビジネスを展開し話題を集めている。カフェやレストランなどの運営のほか、ケータリング事業やホテル「CLASKA」や「堂島ホテル」「the SOHO」といった空間プロデュースも手掛け、その実績は国内にとどまらず、海外からも高い評価を得ている。

取材:茂木宏美、千葉征徳

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