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日本文化とオーストラリアの嗜好の交差点:酒蔵ツーリズムの可能性

By SCP編集部 in オーストラリア基本情報, ツーリズムデータ

コロナ禍を経て、世界的に訪日旅行需要は急激に回復しています。2024年に年間90万人超えを達成したオーストラリア人観光客は、一回の旅行の滞在日数が長いうえに行動範囲が広く、様々なアクティビティを楽しみ、旅行中の費用を惜しまずに出費する傾向があります。円安や世界的な日本食ブームを背景に観光客が増加する中、さらに注目されるのは何度も日本を訪れる「訪日リピーター」。今も右肩上がりに成長を続けているインバウンド市場において、リピーター観光客の心を掴む「新たな旅の形」とは? 紐解くキーワード、「体験型」と「親和性」の詳細に迫ります。

訪日オーストラリア人観光客が求める”新しい体験”

旅行スタイルの移行

東アジアや東南アジアの国々を中心に、観光目的で訪日する回数が2回以上の「訪日リピーター」は年々増加しています。2024年の訪日者数が約92万人に達したオーストラリアからのリピーターの割合も、今後同様に増えていくことが確実に予想されます。日本政府観光局(JNTO)のデータによると、市場シェアの12.1%を占める30〜40代 の家族連れのうち40%以上はすでに訪日回数が2回以上あり、大都市圏ではなく地⽅エリアへの訪問希望率が74.4%にのぼっています。

1人当たりの旅行支出(観光・レジャー目的)が平均40万円超と世界で1番多いオーストラリア人観光客は、特に「娯楽等サービス費」の支出が突出しています。また、訪日回数が6回以上の観光客が実施する割合の高い活動として、日本食を食べること・日本の酒を飲むこと・温泉入浴・スキー・スノーボード・その他スポーツ(ゴルフ等)・四季の体感などが挙げられ、訪日回数が増えるほど実施率が高まる傾向があります。

訪日リピーターの増加に伴い、今後も「コト消費」への移行とその需要はさらに拡大していくことが見込まれ、地方エリアにおけるインバウンド対策は急務と言えるでしょう。

※詳細の分析については以前の記事も併せてご確認ください。

都市観光から地方での”リアルな体験”へ

近年のインバウンド消費動向調査からは、初めて日本を訪れる観光客・リピーターを問わず、ショッピングなどの「モノ消費」よりも、高付加価値消費(「コト消費」)を重視する傾向が顕著に読み取れます。

豊かな自然に囲まれて育ち、アウトドアアクティビティの楽しさを理解しているオーストラリア人は、自国とは異なる特徴を持つ日本の四季折々の風景の美しさを体験したいと考えています。滞在期間の長さを生かして各地方に足を延ばす人が多いことに加え、歴史や伝統文化にも世代を問わず深い興味を抱いているため、祭りへの参加や伝統技術の体験などはすでに人気のアクティビティと言えます。

各地方の日本食を楽しむだけでなく、体を動かしながら地方独自の文化に触れる、その場所でしか叶わない体験が好評のようです。

体験型ツアーの魅力

自然を身近に感じながら生活するオーストラリア人は、自然との共生や健康的な生活を旅先でも求めて楽しみます。地方の自然の特徴を活用したコンテンツづくりに取り組む自治体も珍しくはありません。

愛媛県・しまなみ海道サイクリング

オーストラリアではサイクリングが日常生活や趣味として広く根づいています。そのため、日本国内でもサイクリングを目的に訪れるオーストラリア人観光客は多く、特に「サイクリングの聖地」として世界中からサイクリストが集まるしまなみ海道は、美しい景色を堪能しながら各地の食文化を楽しめるサイクリングコースとして非常に高い人気を集めています。

福島県・エクストリームふくしま

福島の自然を存分に楽しめるアクティビティプランを、福島県観光交流局が紹介しています。オーストラリアでは見られない自然の風景をアクティビティを通じて体感できる、季節に合わせた様々な体験プランが好評です。

引き込む鍵は「親和性」の高い体験

初来日のオーストラリア人観光客は全体の50%以上を占めますが、異文化圏での体験はすべてが新鮮に映ることでしょう。一方で、訪日リピーター観光客の増加に伴い、求める体験はより個性的で深みのあるものへとシフトしています。

今後も増え続けるであろう、さらなる付加価値を求めるリピーターを魅了し、「また次回」へと確実につなげるには、どのようなアイデアが必要になるのでしょうか?

前述のとおり、オーストラリア人訪日観光客は文化や歴史に触れることを楽しみ、その土地ならではの体験を重視しています。特に食や酒に対する関心が高く、日本の四季折々の美しい風景を背景に、地域の特産品を味わうことに強い魅力を感じているようです。一方で、自国の価値観を旅行先での行動に結びつける傾向も見られます。

こうしたオーストラリア人の嗜好と調和する日本文化を考えるうえで、近年注目を集めているのが「酒蔵ツーリズム」です。

酒蔵ツーリズムの可能性

酒蔵ツーリズムとは、「日本酒・焼酎・泡盛・ワイン・ビールなどの酒蔵を巡り、地域の人々と交流しながらお酒を味わい、その土地の風土や郷土料理、伝統文化を楽しむ旅行」を指します。(公益社団法人日本観光振興協会

特に、日本独自の文化が色濃く反映された「日本酒」は、インバウンド市場において大きな可能性を秘めています。

日本各地には伝統的な酒造りを続ける酒蔵が点在し、それぞれの地域の気候や風土を反映した個性豊かな日本酒が生み出されています。本場での酒造りの見学やテイスティング、杜氏との交流は、日本酒の奥深さを知る機会となるだけでなく、その背景にある歴史や文化に触れる貴重な体験となるでしょう。また、日本酒は「自然と文化が密接に結びついていること」や「食との相性の良さ」といった特性を持ち、地域観光との相乗効果も期待されています。

こうした要素が、日本食や伝統文化に興味を持ち、お酒を嗜むオーストラリア人の好奇心を満たす新たな旅行スタイルとして、酒蔵ツーリズムの可能性を広げています。

オーストラリアで存在感を高める日本酒

出典:日本酒造組合中央会

酒蔵ツーリズムが注目される背景のひとつに、オーストラリアにおける日本酒の認知度向上があります。日本酒の世界全体の輸出額は2023年から5.8%増の434.7億円、輸出量は6.4%増の3.1万㎘と拡大傾向にあり、オーストラリアは市場規模こそ世界8位ですが、輸出額は2023年から21.4%増加するなど、成長が著しい市場のひとつです。実際、旅行中に「日本の酒を飲んだと」回答したオーストラリア人観光客は7割を超え、訪日回数が増えるほどその割合も増加する傾向にあります。

日本酒人気の背景には、2013年の「和食」のユネスコ無形文化遺産登録が大きく影響しています。これを機に海外での日本食レストランの数が増え、和食ブームが継続。日本酒もまた、その食文化の一部として注目されるようになりました。さらに、2024年12月には「伝統的酒造り」もユネスコ無形文化遺産に登録され、日本酒の持つ文化的価値が世界的に認められました。この評価が、日本酒の国際的な関心をさらに高め、今後の市場拡大に弾みをつけることが期待されています。

※オーストラリアにおける日本酒市場の今後の展望についての詳細は以前の記事をご覧ください。

ワイナリーツーリズムとの共通項を活かして

オーストラリアには数多くのワイナリーが点在し、週末にワインの産地を巡ることは人気のアクティビティのひとつとなっています。2022年~2023年のアルコール消費量ではワインが全体の4割以上を占めるなど、ワインは日常的な存在です。単に味わうだけでなく、産地の気候や製造過程、歴史に関心を持ち、食事とのペアリングを楽しむ文化も根付いています。

こうしたワイン文化を持つオーストラリア人にとって、日本の酒蔵ツーリズムは非常に魅力的な体験となるでしょう。酒蔵を訪れ、日本酒の製造工程や地域ごとの個性を知ることは、ワイナリーツーリズムと共通する楽しみ方であり、深い興味を引く要素となります。

日本酒の銘柄と産地を結びつける機会に

日本酒の輸出量や消費が増える中、「獺祭」などの有名銘柄はオーストラリア国内でも知名度が高まっています。しかし、それらが日本のどの地域で造られているのかを認識している人は多くありません。その橋渡しをするのが、まさに酒蔵ツーリズムです。日本酒の味わいを楽しむだけでなく、その酒が生まれた土地の風土や文化に触れることで、一層特別な体験として心に刻まれるでしょう。

また、多くの酒蔵は歴史的な街並みに溶け込み、周辺の観光地や温泉地と組み合わせて訪れる楽しみも広がります。さらに、泊まり込みでの酒造り体験や、原料となる米の田植え・稲刈りといった農業体験へと発展する可能性もあります。こうした体験を通じて、訪れる人々は日本の伝統や地域の魅力をより深く味わうことができるでしょう。

酒と文化が融合することで、単なる観光を超えた豊かな旅の思い出が生まれる——それこそが、酒蔵ツーリズムの真の魅力なのです。

酒蔵ツーリズムの高まる人気と今後

酒蔵ツーリズムは、酒蔵だけをアピールするだけではなく地域の文化や観光地と連携することで、複合的な相乗効果を生み出せるポテンシャルがあります。柔軟に時代の変化に対応し、地域と連携しながらインバウンド対応にも積極的に取り組んでいる事例をご紹介します。

長野県・KURABITO STAY

佐久市にある創業300余年の橘倉酒造の敷地内にある、日本酒造りの体験施設兼ホテル「KURABITO STAY」。酒蔵内に滞在しながら酒造りを体験できるほか、美しい田園風景の中のサイクリングや寿司握り・蕎麦打ち体験など、地域と連携した様々な企画を実施されています。

新潟県・今代司酒造

”オープンな酒蔵”として地酒に親しめる環境を提供する今代司酒造同社が酒を通して成したいこととして掲げているのが、「結ぶ」ということ。「古(いにしえ)と今、人と人、地方と都市、それらを結ぶ酒でありたい」という願いを基に、伝統と新しさを融合させた酒造りや活動を行われており、平日は毎日英語の酒蔵見学ツアーを行なうなどインバウンド需要にも積極的に対応されています。

求められるインバウンド対策

基本を抑えて確実な土台を築く

オーストラリア人観光客に酒蔵ツーリズムの魅力を伝え、実際に訪れてもらうためには、事前のインバウンド対策が欠かせません。特に、以下のような準備を整えることが重要です。

  • 情報発信の強化:SNSの活用や英語対応のウェブページの整備
  • 受け入れ環境の充実:英語での対応が可能なスタッフの配置やツアーの準備
  • アクセス・宿泊の整備:公共交通の情報提供や宿泊施設の確保、地域との連携

オーストラリア人観光客は旅行前に自ら積極的に情報を収集する傾向があり、親族や友人など身近な人の口コミを重視します。そのため、Instagramやオーストラリアで利用者の多いFacebookの活用、英語のウェブサイトの作成、Googleマップの情報更新といった情報発信の整備は、基本的な対策でありながら非常に効果的です。

加えて、実際にツアーを実施する際には、英語対応が可能なスタッフの配置やガイドの準備が求められます。公共交通機関を利用する場合は、電車やバスの案内をわかりやすく提供することで移動の不安を解消できるでしょう。宿泊施設の確保も、快適な観光体験には欠かせない要素です。地域の観光地や関係各所と連携し、受け入れ環境を整えるなどの準備を徹底することは、新しい体験を求めるリピーター観光客を惹きつけることにつながる確実な土台となります。

オーストラリア酒フェスティバルでの観光プロモーション

日本文化に関心の高い層が集まるイベントでのPRは、言うまでもなく酒蔵ツーリズムの振興において有効な手段のひとつです。2024年のオーストラリア酒フェスティバルにおいては、来場者の8割以上が「1年以内に日本を訪れることを検討している」と回答しており、訪日観光の促進という観点からも高いポテンシャルがあることが示唆されます。イベントを通じて酒蔵見学の魅力や地域文化の特色を積極的に発信することで、日本各地の酒蔵が観光資源としての認知を高め、訪日オーストラリア観光客のさらなる誘致につながることでしょう。

※昨年行われたオーストラリア酒フェスティバルの詳しいレポートは、以前の記事をご覧ください。

まとめ

日本食ブームの影響を受け、日本酒の輸出量は年々増加し、海外での関心も高まり続けています。さらに、2024年12月には「伝統的酒造り」がユネスコ無形文化遺産に登録され、その価値が世界的に認められました。この流れを受け、今後ますます注目されるであろう「酒蔵ツーリズム」は、インバウンド市場のみならず、地域経済にも大きな影響を与える可能性を秘めています。

ワイナリーが象徴する地域文化に深い関心を持つオーストラリアの人々にとって、歴史的背景を持つ伝統技術であり、サステナブルな側面も併せ持つ酒造りは、親しみやすく魅力的な文化です。

地域と連携し、インバウンド対策を万全に整えることで、訪れる側だけでなく、受け入れる側にも新たな気づきと実りをもたらすはずです。ひとつの強力な「文化コンテンツ」としての、今後の成長に期待が膨らみます。

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