By SCP編集部 in オーストラリアでのプロモーション, オーストラリア基本情報, ツーリズムデータ
気づけば、オーストラリアのスーパーには味噌やうどんが並び、レストランでは“おまかせ”スタイルが注目を集めるようになりました。かつては特別な料理として親しまれていた日本食が、今や現地の暮らしに自然と溶け込みつつあります。オーストラリアで生活するなかで、日本食への関心や需要が年々高まっていることを、日常生活のさまざまな場面で実感するようになりました。店頭のラインナップやSNS上での話題、外食の選択肢など、多方面にわたってその広がりが見られます。日本食は「美味しさ」だけで語られるものではなく、健康的・倫理的な価値や文化的背景とともに受け入れられています。その背景には、オーストラリア人のライフスタイルや価値観の変化が大きく影響していると考えられます。
現地の声やデータを紹介しながら、今あらためて注目したい「進化する日本食の人気」とその理由を紐解いていきます。
美味しいだけ じゃない、日本食が愛される理由
2025年現在、日本食はオーストラリア人に人気のある料理ジャンルのひとつとして定着しています。たとえば、TimeOut Australiaの調査では、日本食は「好きな料理ジャンルTOP3」の常連であり、その存在感は確かなものです。この傾向は、SNS上の盛り上がりからも明らかです。現在Instagramでは「#japanesefoods」が約34万件、「#sushitime」は約530万件に達しており、「#ramenjapan」も関連投稿が多数見られます。「#omakase」も直近1週間で1800件ほど投稿されており、日本食関連タグの支持は依然として強い傾向です。これらの投稿には、料理写真だけでなく、店舗の雰囲気や食事のストーリーを共有する内容も多く、日本食が単なる「食事」を超えた価値を持ちはじめていることが見て取れます。
注目すべきは、日本食が「美味しい」だけでなく、「健康的」「美しい」「倫理的(エシカル)」など多角的に評価を受けている点です。低脂質で野菜が多く、発酵食品や海藻類を取り入れたメニューは、健康志向の強いオーストラリアの食文化とも親和性が高く、自然な形で受け入れられています。
スーパーにも並ぶ、“日常の味”になった日本食
以前は、醤油や味噌などの基本的な調味料を手に入れるために、アジア系の専門店を探し回る必要がありました。ある在住者は「ちょっと前まではアジア系食料品店でしか買えなかったのに、最近は近くのスーパーマーケットでも売っていて嬉しい」と述べています。醤油や味噌といった基本の調味料だけでなく、冷凍うどん、寿司酢、レトルトカレー、海苔、枝豆など、家庭で日本食を再現できる商品の幅が広がっています。とくにWoolworthsやColesといった大手チェーンでは、アジア食品の特設ページに日本食カテゴリが設けられ、味噌汁や照り焼きチキンといった定番メニューのレシピも紹介されています。
こうした動きからも、日本の食材が“特別な料理”ではなく“日常の選択肢”として定着しつつあることが読み取れます。選択肢が増え、手軽に“あの味”を再現できるようになったことで、日本食は日々の暮らしの中に自然と入り込み、定着してきたのです。また、こうした背景には、日本旅行などで体験した「おいしい記憶」を現地でも再現したいというニーズも影響していると考えられます。SNS上では、現地で購入した味噌や調味料を使って料理を再現する投稿も増えており、旅先での体験が消費へとつながる好循環が生まれています。いま、日本食は“現地でも食べたくなる、なじみの味”として、オーストラリアの食卓にも着実に根を広げています。
“食べる”から“体験する”へ、進化する日本食レストラン
おまかせ人気に見る「特別な時間」の価値
オーストラリアの日本食レストランは、単なる「食事の場」から「文化体験の場」へと進化を遂げています。特にシドニーやメルボルンでは、“おまかせ”スタイルのレストランが増加し、予約困難な人気店も登場しています。
たとえば、シドニーではカウンター6席のみの小規模な店で、季節感あふれる料理を提供するレストランが話題となり、予約が取りづらい状況が続いています。また、20品前後のコースを楽しめる「おまかせ」スタイルの体験型レストランも高い人気を集めており、1か月前からの予約が必要とされています。このような“体験型レストラン”の人気は、現地メディアでも取り上げられています。Time Out SydneyやUrban List、Broadsheetなどの信頼性の高いメディアでは、これらのレストランが「特別な時間を楽しむ店」として紹介されています。
「料理の背景」まで味わう、新しい消費スタイル
こうした人気の背景には、顧客の「食」に対する価値観の変化があります。かつて日本食といえばカリフォルニアロールや照り焼き弁当といったメニューが中心でしたが、現在では料理の背景や空間、説明を含む「体験型の食」へとシフトしています。顧客は「誰が、なぜこの一皿を? 」といったストーリーに強い関心を持ち、雰囲気込みで味わうことが満足度に直結しています。実際に現地の日本食レストランで働くスタッフからは、「料理の説明をした際に、お客様から『へえ、こんな背景があるんだね』と驚かれることが多い」との声も聞かれます。また、「料理の説明を求められる機会が増えた」「背景が伝わると満足度が明らかに変わる」といった証言もあり、料理が文化や歴史を体験する手段として認識されていることがうかがえます。
さらに、地方の郷土料理や伝統食も、伝え方次第で広がる余地が大きいと考えられます。シドニーでは、季節の食材を取り入れた6〜10品のコースを通じて、伝統と現代を融合させた日本料理を提供するレストランも登場しており、日本食を“文化体験”として楽しむ動きが広がりつつあります。このように、日本食レストランは“カルチャー体験”の場としての価値を持ち始めており、今後もその傾向は強まっていくと予想されます。地方自治体や企業にとっても、地域の食文化を活かした体験型プロモーションは、新たな可能性を秘めた選択肢となるでしょう。
オーストラリア人のライフスタイルに寄り添う、日本食のやさしさ
健康志向とともに広がる“安心して食べられる料理”
オーストラリアでは、健康的なライフスタイルを重視する消費者が増加しています。Food Standards Australia New Zealand(FSANZ)の「Consumer Insights Tracker 2023」によると、66%の消費者が食品を選ぶ際に「栄養価」を最も重要視しており、73%が健康的な食生活を維持するために努力していると回答しています。 このような背景から、和食の「素材の味を活かす」「バランスの取れた構成」といった特徴が、オーストラリア人の健康志向と親和性を持ち、受け入れられています。特に、低脂質で野菜を多く使用し、発酵食品や海藻類を取り入れたメニューは、健康を意識する消費者にとって魅力的な選択肢となっています。
ヴィーガンも、グルテンフリーも。自然に対応できる和食の汎用性
和食は、豆腐、味噌、米など、動物性や小麦を使用しない食材を多く含んでおり、ヴィーガンやグルテンフリーの食事にも自然に対応できます。近年では、グルテンフリー醤油や米粉を使用したスイーツ、ヴィーガン寿司などの展開も拡大しています。また、オーストラリアの植物由来食品市場は成長を続けており、IBISWorldの2025年版レポートによると、2025年には前年比9.1%の成長が予測されています。この成長は、ヴィーガン人口の増加やアレルギー対応への意識の高まりが背景にあるとされています。「我慢」ではなく「美味しくてヘルシー」な選択肢として受け入れられている和食は、発酵食品(味噌・ぬか漬けなど)や“腸活”メニューの人気も後押しし、健康と美味しさを両立する食事として評価されています。無理なく取り入れられる日常の選択肢として、今後も需要の広がりが期待されます。
旅先の“味の記憶”が、現地での消費を生む
数字とSNSが示す、“旅の記憶消費”というトレンド
日本食は、外国人にとって訪日の大きな目的のひとつであり、旅の体験の中でも特に印象に残る存在です。観光庁の調査によると、訪日前に「楽しみにしていたこと」として日本食を挙げた人は83.2%にのぼり、さらに次回の訪日でも67.9%の人が「また日本食を食べたい」と答えています。旅の中で体験した味は、ただの「食事」を超えて、記憶として心に残ります。農林中央金庫の調査では、滞在中に食べた料理の中で寿司を選んだ人が68.3%と最も多く、45.7%が「味がおいしい」と感じたと答えています。また、日本で食べた料理のほうが「自国より美味しかった」と答えた人も86.2%に達しており、日本での“食の記憶”の強さがうかがえます。こうした体験は、帰国後のレストラン利用や食材の購入、さらには再び日本を訪れたいという気持ちにつながり、“旅の記憶”が日常の消費に影響を与える流れが広がりつつあります。
“あとから効いてくる”のが日本食の強み
日本で食べたラーメンの味が忘れられず、「帰国して家に帰る前に、まずシドニーのラーメン屋に向かった」などというオーストラリア人の話も耳にしたことがあります。旅の記憶がここまで日常に影響するのかと、思わず納得させられます。
こうした体験は、“体験型の食”としての日本食の強みを物語っています。感動や驚き、五感で味わった時間が、あとからじわじわと思い出され、購買や外食といった行動を動かすフックとなっているのです。旅行中の「美味しさ」が、思い出とともに“あとから効いてくる”──。この日本食の特性は、地域や企業が今後プロモーションを設計するうえでも、大きなヒントとなるはずです。
地域の物語に共感が集まる、“伝わる”日本食
「地域まるごと」で届く、日本の“食と物語”
これまではレストラン単位で語られてきた日本食ですが、近年では「地域」全体のストーリーと結びついた食体験が、海外で高く評価されるようになってきました。たとえば2025年5月には、米国の食専門メディア『Eater』が東北地方を特集し、岩手の和牛、三陸の海産物、福島の地酒などを“日本の美食の旅先”として紹介しました。ここでは単なる味だけでなく、その土地で長年育まれてきた背景や文化、営みが強く伝えられており、「地域を丸ごと知る体験」として海外読者にも響いています。こうした「地域まるごとのストーリーを含む食体験」は、今や観光資源としても大きな可能性を秘めています。
「なぜそれを選ぶのか? 」に応える設計が、共感を生む
この“背景を伝える食”というアプローチは、オーストラリアでも十分に通用します。現地でも「ローカル生産」や「サステナビリティ」、「人とのつながり」といった価値観への関心が高く、Farmers Market文化や地産地消レストランの人気が根強いことからも、それは明らかです。たとえば、「なぜこの梅干しは特別なのか? 」「この味噌はどんな風土で育まれてきたのか? 」といったストーリーが添えられるだけで、商品や食体験の魅力はぐっと広がります。日本食も、「美味しい」だけでなく「意味がある」ことが求められる時代。だからこそ、商品の背景や地域の物語をわかりやすく、親しみやすく届ける工夫が、選ばれる理由になっていくのです。
“プロの目”も惹きつける、ストーリーある日本食
このような背景性のある日本食への注目は、一般消費者だけでなく、プロフェッショナルの領域でも広がっています。オーストラリア最大級の食品・飲料・ホスピタリティ産業向け国際見本市「Fine Food Australia」では、JETRO(日本貿易振興機構)や地方自治体、商工会議所の支援により、出展する日本企業が年々増加。味噌、日本酒、冷凍食品、ベーカリー素材など、日本各地の特産品が紹介され、来場者2万人超のバイヤー・シェフ・飲食関係者との商談の場となっています。商品の「背景」が語れることは、差別化の鍵となっています。B to Bの場でも、日本食の“共感される価値”が強く意識されはじめています。
“共感で選ばれる”時代、日本食のこれから
いま、オーストラリアでは日本食が「美味しい」だけでなく、「共感できる背景を持つ食」として広く支持されています。素材や味のこだわりはもちろん、作り手の思いや地域の物語まで含めた“意味ある体験”が、選ばれる理由になりつつあります。
これからのプロモーションでは、「誰が、なぜ、どう作ったか」を丁寧に伝えることが、消費者の心を動かす鍵となるはずです。日本各地の魅力を、ストーリーとともに届ける設計が、次の可能性を切り開いていくでしょう。