By SCP編集部 in オーストラリア基本情報, ツーリズムデータ
世界中で旅行者が増えているとはいえ、彼らの興味・関心は十人十色です。ならばそうした要望に応えるプログラムがあれば、より多くの人が様々な場所へ足を運ぶはず――。
こうしたアプローチは国内外で注目を集めており、海外では特に、特定のテーマや活動を主目的としたSITと称される観光スタイルが増加しています。日本でもこの流れを意識した戦略が増えており、今後ますます求められていくと見られています。
特にオーストラリア人はSITとの親和性が高く、今後の観光事業の振興において肝要な存在になると考えられています。SITが日本のインバウンド観光にもたらすもの、オーストラリアに学ぶSITの取り組みなど、SITを巡る今後の動きを確認してみましょう。
目次
SITとは?
SITの定義と特徴
SIT(エス・アイ・ティー)はSpecial Interest Tourの略で、特定の興味や目的にフォーカスした旅行形態のことを指します。たとえば富士登山を目的とした旅行や、アニメの聖地巡礼などもこれに当たります。旅行の目的がはっきりしているため、旅行者にとって満足度の高い旅になるのは確実であり、観光業を営む側にとっても消費に直結するため、有益な客層と言えます。
マス・ツーリズムとの違い
有名な観光地を巡る従来の大衆的な旅行と違い、SITは特定の興味に合った専門的な体験を求め、個人や小規模グループでその土地を訪れます。もちろんマス・ツーリズムのほうが全体的な経済効果は大きいですが、オーバーツーリズムなどの問題は避けられず、課題が山積しているのが現状です。それに対し、SITは少人数でカスタムされている傾向が強く、地域住民の生活バランスを崩さず、地域貢献につながり、長期的な取り組みも可能となります。また、マス・ツーリズムではゴールデンルート(東京から箱根・富士山~京都・大阪を周遊するルート)から外れたエリアへの集客は期待しにくいのに対し、SITは興味があれば場所に関わらず訪れるため、地方でも十分に観光客を呼び込むことが可能です。
主なSIT
市場は時代や流行によって拡大し、ニーズの数だけ存在すると言っても過言ではありません。人気のあるもの、話題となっているものには以下のような取り組みがあります。
・カルチャーツーリズム
歴史探訪、建築巡りなど。インバウンド層からは、茶道や書道、着付け、武道などの1日体験が人気です。
・アウトドアツーリズム
トレッキング、ダイビング、登山、スキー、マラソン大会への参加など。最近はゴルフへの注目度も高まっています。
・フードツーリズム
食を味わうだけでなく、和菓子や寿司づくりの体験・料理教室、農場や日本酒の酒蔵を巡るツアーなど、食文化全体への関心が高まっています。
・ウェルネスツーリズム
日本は多彩なウェルネス資源を持つとされ、全国に点在する温泉のほか、ヨガ、ヘッドマッサージ、サウナなども脚光を浴びています。
・その他
スピリチュアル体験、音楽フェス、スポーツ観戦、花火大会観覧など。大相撲観戦や相撲部屋での稽古見学も話題です。一方、海外ではパラノーマル(UMAや幽霊などの超常・超自然現象を巡る体験)なども注目されています。
インバウンド市場とSIT
SITがインバウンド市場に有効な理由
①滞在期間や消費額が増えるから
観光客の訪日動機が強いため、その体験に必要な時間・お金を確保している人がほとんどです。また、目的がしっかりしているため「せっかくだから」と財布の紐が緩む人も多いようです。
②満足度が高く、肯定的なレビューにつながるから
価格よりも体験価値を重視するため、準備段階から精査し、情熱をもって観光に臨みます。そのため達成感・満足感は高く、クチコミ投稿は高評価となるほか、リピート率も上がります。
③地域経済に効果的だから
SITは都市部よりも地方で多く見られるため、交通費・宿泊・飲食など、メイン目的以外での消費も進みます。その地域全体の経済活性化につながることは間違いありません。
④SNS発信との相性が良いから
有名観光スポットの景色より、自分だけが経験した固有の体験のほうが、人に発信したくなる傾向があります。旅行者はSNSから情報を得ることが多いため、そうした投稿は拡散されやすく、集客増加につながります。
⑤オーバーツーリズム改善の一策となるから
SITは地方集客が見込めるため、観光地の集中を緩和できます。また、予約制を取ることが多いため、過密化を避ける取り組みも可能です。
SITを好む訪日観光客の特徴
好んでSITを選ぶ旅行者には、共通した特徴が見られます。
・地方に足を伸ばす余裕がある長期滞在型の人
・旅程を自分でカスタマイズする個人旅行者
・体験・学びを重視する知識層(アートや歴史などの深いテーマを好む)
・環境意識・サステナブル意識が高い人
・消費意欲の高い高所得層
・リピーター観光客(定番スポットを体験済みで、2回目以降は地方や体験型へシフト)
これらSITの特徴はオーストラリア人の旅行傾向とまさに合致しています。ではオーストラリアで人気の旅行とはどのようなものでしょうか。次にオーストラリア人とSITの親和性を見ていきましょう。
オーストラリア人とSIT
旅行傾向そのものがSITな国・オーストラリア
オーストラリア人の旅行傾向には以下の特徴があります。
・旅行好きで、長期休暇を取る文化がある
・家族を重視する
・モノよりコト(体験・経験)を好む
・自然・アウトドアアクティビティが好き
・SDGs・エコ・サステナブルツーリズムへの意識が高い
・旅行時の消費単価と平均泊数が他市場に比べて高い
これらを見ると、オーストラリア人の旅行傾向は、前述したSITの特徴とまさに合致していると言えます。つまりSITを進めるにあたって、まずはオーストラリア人観光客をターゲットに置くのが有効でしょう。
また、SITはオーストラリア国内でも積極的に進められており、国や地方自治体ではSITを意識した政策が展開されています。
たとえばオーストラリア政府の観光経済戦略「THRIVE2030」では、将来的な観光消費について、インバウンドを含む観光消費全体のうち、地方での消費を40%にする方針を打ち出しました。それに伴い、南オーストラリア州やタスマニア州では、それぞれ2030年までの具体的なプランを作成し、持続的な観光インフラ計画を整備しています。特に自然体験型SITの成功例として注目されているのが、タスマニアの町・ダービー(Derby)です。人口わずか100人程度の寂れた町でしたが、マウンテンバイク観光に取り組んで急成長し、今では年間6万人を超える旅行者が国内外からこの街を訪れています。
オーストラリアで人気のSIT
・ハイキング
ビーチ散策やブッシュウォークなど自然を感じられるもの。野生動植物を観察しながら歩き、カフェを目指すコースも人気です。
・トレッキング
登山や絶景を巡る長距離トレイルなど。特にアボリジナル文化を辿るなど、学びを取り入れたものが好まれます。
・ワイナリー巡り
ワインだけでなく、美しい景色や食事も楽しむ。ぶどう畑でエコやサステナビリティを感じながら味わいます。
・スノースポーツ、マリンスポーツ
スキーやゴルフ、サーフィンなど、その土地・季節ならではのスポーツを体験します。
そのほか、サイクリングやキャンプ、キャンピングカーでのロードトリップも人気です。年齢が上がるとクルーズに行く人も増えます。目的地やスタイルを問わず、学びの機会があれば積極的にアボリジナル文化や自然環境と向き合うのも特徴です。
訪日オーストラリア人におすすめのSIT
アドベンチャーツーリズムやエコツーリズムを好むオーストラリア人には、アウトドアアクティビティと「学び」「食事」などの体験を合わせるのがおすすめです。満足度が上がるだけでなく、家族全員で楽しめる機会となり、長期滞在にもつながるでしょう。
(例)
・北海道でスキーを楽しみ、海鮮丼を味わう
・巡礼とトレッキングを兼ねた四国遍路で、文化的な体験を深める
・しまなみ海道でサイクリングをしながら、瀬戸内グルメを堪能する
・新潟で佐渡金山を見学し、日本酒酒蔵ツアーで日本酒を味わう
など
上記はほんの一例ですが、地域が一体となって戦略的に仕掛けることで、興味・関心のある人々は各地へ足を運ぶようになるでしょう。
また、オーストラリアでは現在、日本旅行が大ブームとなっており、すでに複数回訪れている人も少なくありません。リピート率が高い分、「次はどこで何をするか」を吟味する人が多く、SITで彼らを引き込むことは難しくないでしょう。
訪日リピーターとSIT観光
リピーター観光客ほどSITを好む傾向にある
上のグラフは、JNTOによる訪日外国人旅行者の訪日回数と消費動向の関係についてのデータからの抜粋です。訪日回数別の訪問箇所数をまとめたグラフを見ると、訪日オーストラリア人は、訪日回数が多くなるほど訪問箇所が減る傾向にあります。一方で滞在日数はあまり変わらないため、1箇所あたりの滞在期間が長期化していることが読み取れます。
また、「現地ツアー」「温泉」「マッサージ」に関するデータを見ると、訪日回数が多くなるほど現地ツアーやマッサージを利用する人の割合は減りますが(青い折れ線グラフ)、一方でオレンジの棒グラフを見ると、6回目以上の訪問者は1人あたりの消費額が大きく増えています。つまり訪日回数が増えるほど、自分の興味のあることに時間・お金を使っていることがわかります。
最新のデータによると、6回目以上の訪日オーストラリア人の半数以上が北海道を訪れており、そのほとんどがスノーアクティビティを目的としています。オーストラリア人が日本でのスキーをいかに好んでいるかがよくわかります。
リピーターがSITを好む理由
では、オーストラリア人をはじめとするリピーターは、なぜSITを選ぶのでしょうか。改めてまとめると、以下のような理由が挙げられます。
・定番観光はすでに体験済みで、特別な経験を求めているから
・明確な滞在目的を持っているから
・地方や長期滞在を望む志向が、SITと一致しているから
そのほか「他の人が経験していないことがしたい」「SNSで見かけたローカル地域に行ってみたい」といった動機も見られます。このように、よりニッチな関心を満たしたいと考えるリピーターは今後も増えていくでしょう。それに対応する環境を整えることが、今後のインバウンド消費を伸ばす秘訣といえるかもしれません。
インバウンド向けSITの導入例
地域や企業が導入を検討する際は、以下のような流れで具体化・検討するのがおすすめです。
①テーマを特定する
地域の強みや独自性を分析し、そのテーマを目的に訪れる観光客がどのくらいいるかを確認します。
②ターゲット市場を選定する
どの国・地域からの訪日客を狙うかを定めます。文化的な嗜好などを考慮しつつ、全方位ではなくある程度絞り込む方が効果的です。その際、旅行傾向がSITと合致するオーストラリア人を意識すると、明確なビジョンを描きやすいでしょう。
③体験プログラムの設計
所要時間や難易度、料金を明確にします。同時に、英語で体験を指導できるガイドの存在を確保しておくことも重要です。
④付加価値の追加
周辺地域でも同じターゲットに向けたSITを展開できないか検討します。また、オリジナルのお土産やフォトスポットの設置など、SNS投稿を意識した工夫も効果的です。
⑤販売・PR
多言語対応のサイトを用意し、旅行代理店などとの連携を図ります。現地イベントへの出展やインフルエンサーマーケティングの活用も有効です。
まとめ
今後のインバウンドを考える上で、SITは訪日客数の増加や消費額の拡大に欠かせない要素であり、オーバーツーリズムの防止策としても有効です。さらに、地方経済の活性化や地域社会の団結を強める観点からも、SITは地方創生と親和性が高いといえます。特にオーストラリア人は、旅行傾向や嗜好がSITと合致しており、滞在日数や消費額も多いのが特徴です。そのため訪日オーストラリア人をターゲットに据えたSITの開発は、非常に有効な取り組みだと考えられます。