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インバウンドを読む#8 Matsuri Japan Festival運営委員会

By SCP編集部 in インバウンドを読む(インタビュー)

観光庁が発表した宿泊旅行統計調査結果によると、2019年6月の国籍別外国人伸び率はオーストラリアがトップでした。ここ数年、オーストラリア市場に特化したインバウンド事業は注目を浴びていますが、2006年から今日まで長年、日本の情報や文化を発信し続けている祭りイベント「Matsuri Japan Festival(以下Matsuriと表記)」がシドニーには存在します。

今年で13年目を迎えるMatsuri Japan Festivalですが、2017年には来場者数が5万人を超え、今では日本好きのオーストラリア人だけでなく、日本を知らなかったオーストラリア人が日本を好きになるきっかけにもなっています。

そして黎明期からこのイベントを中心となって牽引してきたのが、Matsuri Japan Festival運営委員を務める水越有史郎さんとチョーカー和子さん、そして2012年から参加したJAMS. TVの千葉征徳さんです。

長年、オーストラリアにて“日本”普及に携わってきた経験は、インバウンド事業の参考になること間違いありません。Matsuriを通して見えるオーストラリア人の実態やオーストラリア人への効果的なプロモーションなど、インバウンド事業を推し進めるためのヒントをいただきました。

Matsuri Japan Festivalの成り立ちを教えてください。

水越 2006年に日豪交流年と銘打ち、1年間日本政府主体でさまざまなイベントが開催されました。その皮切りとして2月にシドニー日本クラブ(JCS)(※)が、ダーリングハーバーのタンバロンパークにて大きなお祭りを実施。シドニー日本商工会議所が日本人会をはじめ、各日系企業が協力して食べ物屋台をズラリと並べ、ステージでのパフォーマンスを見せるなど、盛大なイベントを開いたんです。これが、Matsuri Japan Festivalのスタートですね。

(※シドニー日本クラブ JCSの説明)

シドニー在住の日本人有志によって運営され、日系家族間の親睦、日本文化の継承、在住他民族との相互理解の向上を目的とし、さまざまな懇親活動や広報活動、慈善活動、文化教育活動を行っている団体。

今年で13年目を迎えますが、Matsuri Japan Festivalはどのように変化してきましたか?

水越 2006年の祭りがきっかけとなり、翌年(2007年)からはJCS主導でMatsuriを開催しました。予算がなかったので、小さな会場でお店も食べ物屋台と古本のお店が各1店という規模。その後も小規模ですが毎年欠かさず開催していました。

2013年は日豪観光交流年として観光庁(現日本政府観光局:JNTO)が中心となって、観光を大きく盛り上げる年にしようと決まりました。そのため、前年にあたる2012年のMatsuriではその前段として日本政府のサポートを得て前夜祭のようなかたちで開催しました。

翌年の2013年には、今のMatsuri Japan Festivalの運営形態のベースとなる実行委員会が発足し、前年に引き続きダーリングハーバーのタンバロンパークで開催し、日本政府関係機関などもブースを出して日豪観光交流年にふさわしい大規模なイベントになりました。

しかし、2014年はどこからも予算がつかず、またゼロからのスタート。小さな会場に移した方がいいのか、来場者を見込んで大きな会場でやった方がいいのかなど検討し、思い切って2013年と同じダーリングハーバーで開催したのです。JAMS.TVをはじめてとしてイベントをサポートするためにさまざまな企業が協力してくれました。結果、たくさんのブースが並び、来場者も多く、大成功! そして、2017年には5万5000人のシドニー市民が来場し、大きな盛り上がりを見せました。2018年の来場者は少し減って4万人でしたが、4~5万人規模のイベントとして成長を遂げたのです。

2013年は約2万人の来場数でしたが、なぜ、5年間で来場者数を2倍にすることができたのですか?

チョーカー 起爆剤となったのはソーシャルメディアの活用ですね。2013年、2014年まではソーシャルメディアを細々としか使っていませんでしたが、それ以降はFacebookやウェブサイトに力を入れ始めました。すると、若者たちやコスプレイヤーなどが仲間と来場し、新しい層にも認知され始めたのです。

千葉 2012年からは毎年12月の第1土曜日に開催すると決め、シドニーで開催されるマンガ・アニメの祭典「SMASH」とのコラボや大企業がスポンサーに加わるなど、イベントがどんどん華やかになりましたね。この時期から訪日オーストラリア人数が増え始め、インバウンド事情にも拍車がかかりました。そして、2016年からボランティアチームを強化し、大学生に協力してもらったことで一気に認知度が上がりました!  彼らは当日もSNSを使って情報を発信するでしょ。拡散力が断然違ったんです。

チョーカー 若い層のボランティアを導入したことでさまざまな分野の人が運営に携わることになりました。今までにはないアイデアが飛び交い、そして実施されたことのひとつがSNSによる情報の拡散でした。私や水越さんなど数人で全部をやっていた “手作り”のMatsuriではせいぜい6000人規模でしたから、来場者数が増加したのは新しいメンバーの影響が大きかったですね。

水越 内部の充実、外部の影響といろんなものが重なったのが、この4、5年。草の根活動だったのが、グーンと大きくなりました。

チョーカー ダーリングハーバーではMatsuri以外にも連日いろいろなイベントが催されますが、会場の担当者は私たち日本人の運営が一番安心でき、集客数も一番多いと言ってくれます。

水越 コミュニティーイベントとしては、しっかりと名声を確立してきたんじゃないでしょうか。

 

Matsuri Japan Festivalには、どのような方が来場されますか?

チョーカー Matsuriを始めた理由は、シドニーで日系人社会が認められ、次世代が楽しく暮らしていけるようシドニー在住の日系人を盛り上げるためでした。だから、Matsuri初期の来場者はほぼ日系人の家族連れだったんです。でも、今は、来場者の80%くらいは日系以外の人。オーストラリア人ももちろんたくさん来ますよ。そして、若者が来場するようになりました。

オーストラリア人の方が、なぜ日本人より多数来場するのでしょうか?

水越 Matsuriを始めた初期の頃は、日本の名産品を紹介するブースとステージパフォーマンスだけでした。徐々に食べ物を売る屋台が半分、残り半分は各自治体や企業が出展するようになりました。ステージでは日本の武芸や踊りの他にコスプレのショーなどが加わるようになり、そしてワークショップなども組み込まれ、お茶やお花を体験するという今のスタイルが定番になりました。このワークショップがオーストラリア人にとても好評だったんです。

千葉 過去には着物の着付け、餅つき体験もありましたし、書道のワークショップは今でも実施しています。みんな楽しんで参加していますよ。

 

来場者が変化すると同時に、Matsuriではどのような変化がありますか?

千葉 オーストラリアでは日本のプレゼンスが絶対的に高いですから、今では日本のモノがたくさんあります。昔は選べる日本酒は限られていたのに、今は「大吟醸はどこで飲めるの?」と日本酒の銘柄を選ぶことができる時代。訪日経験のあるオーストラリア人も多いため、日本で楽しんだものをオーストラリアでも楽しみたいという人が増えているんです。

昔は冷凍のたこ焼きでも喜んでくれたオーストラリア人でしたが、今は本当に美味しい和食を知っているので、たこ焼きは目の前で焼かないとがっかりします。Matsuriで提供される食べ物も多様化してきて、以前はたこ焼きと焼きそばの屋台だけだったのに、現在は日本酒も飲めるし、抹茶でアレンジしたデザートもあり、「こんなモノまで!?」というくらいに様変わりしています。

オーストラリア人はどのようなことを求めていますか?

水越 最近観光庁のアンケートや調査では、オーストラリア人の興味や関心はモノからコトへと移っていると言われてますよね。つまり、オーストラリア人にはいろんな体験が好まれているんです。

チョーカー オーストラリアでもコスプレが流行っていますが、これは日常生活で体験できないことをしてみたいという願望の現れだと思うんですね。それは旅行もいっしょ。昔、日本への旅行と言えば、旅行会社が仕立てた高いツアーに年齢層が高めのオーストラリア人が行き、日本舞踊などを鑑賞して楽しむという内容でした。でも、今は若者が来日し、他の日本人と交じって新橋のガード下や思い出横丁で飲んだりしてるんです。ただ見るのではなく、実際に日本人がしていることを体験してるオーストラリア人が増えています。オーストラリア人は好奇心が旺盛なので、どんなことでも試してみたい派なんです。

千葉 一概には言えませんが、プロモーションするためにパンフレットを配ってもオーストラリア人にはなかなか響かないと思うのです。着物だったら、その場で着つけを体験させるくらいしないと印象に残りません。観光地のプロモーションならばVRを持ってきて、そこでの美しい景色を見せるなど、体験として印象づけるくらいの工夫は必要だと思います。オーストラリア人が行きたくなるような琴線に触れるような施策が求められる時代になったということですかね。

チョーカー Matsuriで紙飛行機を使ったゲームを実施したブースがありましたが、毎回、オーストラリア人が行列を作っていました。こういう体験型のほうがオーストラリア人の記憶に残りますから、プロモーション効果も抜群ですよ。

もしインバウンド事業者がMatsuriに訪れたとしたら、どんなメリットがありますか?

チョーカー Matsuriは、BtoCイベントとしては最大級です。4万から5万の一般ユーザーと出会えます。オーストラリア人がどんなことが好きでどんなスタイルで楽しんでいるかなどを知るためには絶好の機会ですね。

千葉 日本人がよく勘違いしてしまう言葉に「富裕層」があります。富裕層にリーチしたいという自治体が多いのですが、日本で言う富裕層とオーストラリアでの富裕層はマッチしません。毎年平均2週間も家族で訪日旅行するオーストラリア人を日本では富裕層だと思ってしまいがちですが、彼らはいわゆる一般中流家庭の人たちです。Matsuriにはそのようなオーストラリア人が大勢来場しています。

水越 オーストラリア人の視点を知るためにもMatsuriに訪れ、自分たちのお客さんと直接触れ合ってほしいですね。何か必ず掴めると思いますよ。

千葉 たった1日のイベントなので、その日のために日本から来るのは大変でしょうから、Matsuriと同じ週に開催されるJNTOの観光セミナーに参加してみるのもいいのではないでしょうか。私自身も今までコンタクトがなかった自治体からの問い合わせが多くなりました。Matsuriが大きなイベントとして認知されてきてるので、プロモーションをするには絶好のチャンスだとみなさん思ってくれています。

 

 

インバウンド事業者がプロモーションのために準備すべきことはありますか?

千葉 目標設定を明確にすることですね。自分たちの地域の認知度アップなのか、それとも実際の来客数を伸ばすのかで実施するプロモーションが違います。「オーストラリア人が隣町にたくさん訪れてるから、うちの地域にも来てもらおう」という漠然とした理由のプロモーションは効果がありません。

水越 それだと、関係ないところにアプローチしてしまったりと意味がないですからね。

チョーカー それから、自分たちが売ろうとしているものの魅力をはっきりさせることも準備してください。

千葉 地域の魅力開発って、商品開発と同じですよね。例えば温泉なら、他の温泉と差別化できるポイントを見極め、それを使ってオーストラリア人をどう呼び寄せるかと考えるんです。外国人を集客できている地域は、そこでしか経験できないというものを持っていますからね。

地域の魅力はどうやって見つけたらいいでしょうか?

水越 日本人的な発想を変え、日本人の視点で物事を見るのをやめるといいでしょう。

チョーカー 好奇心旺盛なオーストラリア人は、それがある場所にはどんなに遠くても行きます。例えば、ラグビーが好きな人は、海外で開催される試合にも休みを数週間とって観戦に行ってしまうんです。アートに興味がある人は、それを追い求めて旅行しますしね。

千葉 これからの時代は、デスティネーション(どこに行く)ではなくて、インタレスト(何をする)が鍵。マラソン好きの僕が海外のマラソン大会に出向くように、オーストラリア人はゴルフのため、カヤックのためなど興味があることならばいろいろな場所を訪れます。

チョーカー ゴルフのために海外に行くというオーストラリア人は多いですよ。ゴルフをしない奥さんを連れて行くケースもあるので観光とセットになっているわけです。

千葉 オーストラリアではスキー人口よりもゴルフ人口の方が多いと言われています。日本には素晴らしいゴルフ場が多いので、極端なことを言えば自分の地域に観光スポットがなくてもゴルフをフックに集客することができるわけです。

水越 サイクリングも人気です。オーストラリア人のスペシャルインタレストにフィットできるように考えるといいですね。

インバウンド事業を手掛けている、また今後始めようとする事業者へアドバイスをお願いします。

水越 「プロモーション=パンフレット作成・配布」と、どの地域も似たり寄ったりの発想が多い気がします。前例を踏襲するのではなく、今までのプロモーション施策から抜け出して考える必要があるのではないでしょうか。

チョーカー 「前例」という言葉は辞書からなくすべきですね(笑)。前例がないからできない、やらないのではなく、新しいことにトライしてほしいです。

千葉 以前はオーストラリア人にとって日本は「いつか行きたい国」でしたが、今では「この前行ってきたよ」もしくは「今度行くよ」と頻繁に訪れることができる国になりました。若者が多く行くようになり、SNSで訪日体験を拡散しているため、日本人が予想している以上にオーストラリア人は日本のことをよく知っています。だから、求めているもののレベルが高い。それを理解したうえでプロモーションする必要があります。そこから施策を打ち出さないと時代から取り残されてしまうでしょう。

そして、地道な活動が大事。今、オーストラリア人に人気のある地域も、花が開くのに長い時間をかけてプロモーションしています。例えばですが、日本で開催されるラグビーワールドカップや東京オリンピック・パラリンピック競技大会のときに何かすることも大事でしょうが、まず5年後を見据えた計画を立て、日本の露出が増えていることを利用しながら、自分の地域の良さをコツコツと広めていくような戦略が必要な気がしています。

チョーカー Matsuriもそうやってコツコツとやってきて、今がありますからね。

水越 私はワーキングホリデー制度を自治体が支援してあげることで、その街にオーストラリア人を呼び込むことができると思います。年間を通して、けっこうな数の若者がオーストラリアに来てますよね。ワーホリから帰国した若者はオーストラリアでできた友達を自分の地域に呼ぶこともあるのでは。それで、地域の魅力が広まる可能性も大いにあります。最初は少人数かもしれませんが、だんだんと太いパイプになっていくのではないでしょうか。

千葉 英語を話せる人がいない地域も多いので、ワーホリ経験者をサポートするのもいいですよね。英語ができる人材が増えていくことで、オーストラリア人を呼び込む追い風になります。これもコツコツのうちのひとつですね。

水越 それから、日本とオーストラリアの姉妹都市は100以上あります。この交流をもっと盛んにすることで、大きな結びつきに発展することもあるでしょう。各地域には、オーストラリア人を呼び込むためのポテンシャルがたくさんあります。すでにある要素を見直し、それを大きく太くしていくという施策で新しい展開が開けると思いますよ。

Matsuri Japan Festival 運営委員会

写真左:水越有史郎(みずこしゆうしろう)

北海道出身。1982年にオーストラリアに移住後、1988年に日本語情報誌の出版社を起業する。2008年にJAMS. TV社と合併し、取締役に就任。2014年から2019年までシドニー日本クラブ会長を務め、現在は副会長。2014年にMatsuri in Sydney Inc.代表に就任後、毎年12月に最大級の日系イベント「Matsuri Japan Festival」を手掛ける。

写真中央:チョーカー和子(チョーカーかずこ)

東京都出身。1973年にシドニーに移住し、1980年代から2001年からトーマスクック社にてインバウンド業務に携わる。その後、JCSに入会し、日本の祭りの開催を手がける。2014年からMatsuri in Sydney Inc.の理事に就任。

写真右:千葉征徳(ちばまさのり)

東京都出身。シドニー在住。1990年に来豪、編集者として当地の邦人向けライフスタイルガイドをはじめ、日本を紹介する英字媒体の編集・出版に携わる。日系ポータルサイト(JAMS.TV)を運営するかたわら2012年より訪日関連のイベントやプロモーションも手がける。

取材・文:  茂木宏美

【オーストラリアの日系イベントを活用したプロモーションについての記事はこちら!】

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オーストラリアの日系イベントを活用した訪日観光プロモーション施策

 

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