By SCP編集部 in オーストラリアでのプロモーション, オーストラリア基本情報, ツーリズムデータ
近年、旅をしながら働く「デジタルノマド」というライフスタイルが、世界中で広がりを見せています。世界のデジタルノマド人口は、2019年の約730万人から急増し、現在では推定4,000万〜6,000万人に達しているとも言われています。YouGovの調査によると特にオーストラリアでは、リモートワークを活用して海外を移動しながら生活する若者が増加中。注目すべきは、彼らの“行きたい国”として日本が第2位に選ばれているという事実です。
つまり、日本は今、「働きながら滞在したい国」として非常に高く評価されています。実際にオーストラリアで暮らしていると、日本に強い関心を持つ人が多いことを気づかされ、「いつか日本で仕事をしながら長く滞在してみたい」という声もよく耳にします。彼らは東京や大阪のような大都市ではなく、山や海の近くに拠点を置きながら、自然の中で仕事をし、暮らすスタイルを選ぶ傾向があります。たとえば、熊野古道や白馬のように、自然豊かで静かなエリアが支持を集めているという話もあるようです。
このトレンドは、日本の自治体や企業にとって新たなチャンスでもあります。観光とは異なる角度から、より長期的に、より深く地域と関わる存在——それがデジタルノマドです。
本記事では、オーストラリア人ノマドの特徴や、日本が選ばれている理由、そして彼らの受け入れ先として地方がどう可能性を持つのかを、具体的なデータや実例と共に紹介していきます。インバウンドの次なるターゲット層として、彼らをどう捉え、どう迎えるか。 注目すべきポイントを整理してみます。
オーストラリア人ノマドの実像と動向
若い世代に広がる「暮らすように働く」ライフスタイル
オーストラリア人のデジタルノマドは、20〜30代のミレニアル世代やZ世代が中心です。彼らはITやクリエイティブ分野など、ノートパソコン一台でどこでも働ける仕事を持ち、国境を越えて自由に生活しています。日本人にとっての「旅行」とは異なり、彼らにとっての移動は「暮らしを更新する」こと。そんな感覚で世界を巡っています。
2024年6月に実施されたYouGovの調査によると、オーストラリア人ノマドに人気の行き先1位はニュージーランド、そして2位が日本。単なる観光地ではなく、住みながら働く場所として日本が注目されていることは、日本にとって大きなチャンスと言えるでしょう。
出展:YouGov
働き方の自由化と“暮らし方”の発信力
実際、オーストラリアでは新型コロナウイルスの流行をきっかけにリモートワークが一気に広まりました。特にIT、保険、マーケティング系では、70%以上の人が在宅勤務に移行していて、「オフィスに通わない働き方」が当たり前になっています。こうした環境の変化により、多くの人がより自由なライフスタイルを選択するようになっています。
もうひとつ特徴的なのが、彼らの「発信力」。InstagramやYouTube、Redditなどを通じて、自分が滞在した場所やその魅力、実際のライフスタイルをリアルにシェアする傾向があります。こうした記録は、他のノマドにとって有力な情報源となり、口コミやSNSから新たな滞在先の決定にも大きく影響します。
たとえば、オーストラリア国内では、バイロンベイやノーザンリバーズ、ケアンズなどが人気の拠点。自然豊かでありながら、Wi-Fi環境が整い、ゆるやかなコミュニティが形成されている地域に人気が集まっています。こうした「自然と共にある暮らし」を求めて都市部から離れる動きは、日本の地方にとっても大きなヒントになるかもしれません。
なぜ彼らは日本を選ぶのか
オーストラリア人ノマドが日本に魅了される理由は複数あります。まず、日本の治安の良さと整備された公共サービスは、長期滞在を前提とする彼らにとって大きな安心材料です。公共交通機関が非常に便利で、日常生活におけるストレスが少ない点も、ノマドライフを楽しむうえで重要な要素となっています。さらに、日本は独自の文化や観光資源を持つ国であり、何度訪れても新しい発見があります。美食や伝統的な文化はもちろん、最新のトレンドや技術的な進展にも触れることができるため、クリエイティブな仕事をしているノマドにとってはインスピレーションを得られる環境が整っています。観光地を巡るだけでなく、日常生活の中で文化を体験しながら働ける点も、他の国にはない魅力です。
また、円安の影響で日本の生活コストが相対的に下がっていることも、長期滞在のハードルを下げる要因となっています。特に、物価の高い都市圏で生活しているオーストラリア人にとっては、経済的な負担が軽減されることは、長期滞在の大きな動機となります。さらに近年では、ノマドワーカー向けの新たな在留資格が導入されるなど、長期滞在を後押しする動きも本格化してきました。
ノマドビザと地方創生の新たな可能性
制度の概要と経済効果
2024年3月、日本政府は「デジタルノマド向け在留資格(ノマドビザ)」を新たに導入しました。このビザは、年収1,000万円以上の高収入層を対象としており、最長6カ月の滞在が可能です。従来の観光ビザでは実現できなかった“働きながら暮らす”スタイルを後押しするもので、これにより日本で安心して仕事と生活を両立できる環境が、少しずつ整いつつあります。
この新制度は、単なる「リモートワークの許可」以上の意味を持ちます。とくに注目されているのは、ノマドが地域経済にもたらす波及効果です。観光客が短期的に落とす経済効果に比べ、長期滞在するノマドの消費行動は、宿泊費や食費、交通費、ローカルサービスの利用などを通じて、地域経済に継続的な恩恵をもたらすと考えられています。
デジタルノマド向け在留資格(入出国在留管理庁の資料より引用)
ノマドが選ぶ地方の魅力と影響
このノマドビザの導入により、都市部だけでなく地方への滞在を希望するノマドも増加する可能性があります。地方には、自然豊かな環境や独自の文化、そして都市に比べて低コストで暮らせるという大きな魅力があります。静かで落ち着いた空間で仕事に集中できる環境は、ノマドにとっても理想的です。実際、オーストラリアをはじめとするノマド層の多くは、都市よりも「暮らしの体験」や「地域とのつながり」を重視する傾向にあります。Wi-Fiなどの通信インフラが整い、ローカルとのゆるやかな交流が可能なエリアは、まさに彼らが求めている場所なのです。
世界的なコンサルティング会社PwCのレポートではこうしたデジタルノマドの誘致が、観光振興やイノベーション創出において、自治体にとって意義ある戦略であると示されています。また、世界経済フォーラムでも、ノマドが地域経済に活力を与える存在として期待されていると述べています。
さらに、ノマドが一度その土地に滞在した経験を通じて、その地域の魅力に惹かれ、移住を考えるケースも少なくありません。つまり、彼らは単なる観光客ではなく、地域に継続的に関わる「関係人口」として、日本の地方創生に寄与する可能性を大いに秘めているのです。
ノマドに選ばれる地域の条件
ノマドが滞在先を選ぶとき、重視するのは「働きやすさ」「暮らしやすさ」「つながりやすさ」の3つです。それぞれのポイントを見てみましょう。
1. 働きやすさ:高速インターネットと仕事環境
リモートワークが前提となるノマドにとって、高速かつ安定したインターネット環境は絶対条件です。特に、コワーキングスペースやカフェ、図書館などでの接続環境の整備は、滞在先を選ぶ際の重要な要素となります。また、他のノマドや地元住民と交流できる場所があることも、モチベーションや仕事の生産性に良い影響を与えます。
2. 暮らしやすさ:言語対応と食の豊かさ
長期滞在を前提とするノマドにとって、生活のしやすさも大切なポイントです。たとえば、英語での案内やサービスが整っている地域は、英語圏出身者にとって安心感があります。さらに、食文化の多様さや豊かさは、日々の生活の満足度を左右する要素です。オーストラリアのように多文化が共存する国のノマドたちは、特にこの点を重視する傾向があります。
3. つながりやすさ:コミュニティとの接点
滞在期間中に孤立しないためには、地域との接点や人とのつながりが欠かせません。コワーキングスペースやイベントを通じた地元住民との交流、同じようなノマドとのネットワーキングの機会は、ノマドにとって大きな価値となります。こうした「つながれる場所」がある地域は、結果的に長期滞在や再訪につながりやすいのです。
このように、ノマドが求める環境は、単なる利便性だけでなく、その土地で“暮らす”ことを前提とした複合的な条件から成り立っています。こうした要素を意識して受け入れ体制を整えることで、地域の魅力をより強くアピールできるようになるでしょう。
日本各地で芽生える新しい関係性
地域とノマドのつながり事例
最近では、日本のいくつかの自治体も、ノマドや海外ワーケーション層に向けた受け入れ体制を強化しはじめています。たとえば和歌山県那智勝浦町では、外国人ノマド向けの英語対応スタッフの配置や、コワーキングスペースの整備が進められており、宿坊体験サービス「OTERA STAY」を展開する株式会社シェアウィングと包括連携協定を締結するなど、デジタルノマドの誘致と地域活性化に向けた取り組みも進められています。歴史的建造物を活用した長期滞在支援や、多言語対応による情報提供体制の整備も進みつつあり、外国人ノマドが滞在しやすい環境づくりが加速しています。
そして、北海道ニセコ町では、豊かな自然環境と国際的な魅力を活かし、外国人ノマドを含む多様な人々が快適に滞在できる環境づくりに取り組んでいます。2024年度のまちづくり基本方針でも、多様な働き方やライフスタイルを尊重しながら、観光と地域社会の持続的な共生を目指す姿勢が明記されており、デジタルノマドに対しても柔軟で開かれた受け入れ体制を整えつつあります。
さらに、福岡市と福岡観光コンベンションビューローは、2023年10月に「COLIVE FUKUOKA」というデジタルノマド向けプログラムを実施しました。世界24か国・地域から50名以上のノマドたちが福岡に集まり、1か月間、コリビングをしながら地域の文化体験や地元の方々との交流イベントを楽しんだそうです。参加者による消費額は総額で約2,000万円にのぼり、福岡での暮らしや働き方の魅力を伝えるだけでなく、地域経済への直接的な貢献にもつながる取り組みとなりました。
また、山形県の「やまがたクリエイティブシティセンターQ1」や長野県塩尻市の「スナバ」など、各地でノマドやリモートワーカー向けに整備された拠点も増えてきています。これらの施設は単なるワークスペースにとどまらず、地域住民とノマドが自然と交わることで、コミュニティの活性化や新たな価値の創出にもつながり、商業活動への波及効果や地域スタートアップとのコラボレーションによる新たなプロジェクトの可能性も見込まれています。
世界的な成功例と日本への示唆
海外でも、ノマドと地域のつながりを活かした先進事例が登場しています。たとえば、ポルトガルのマデイラ島では、無料のコワーキングスペースの提供や長期滞在施設の手配、さらには週ごとのヨガやサンセットパーティーなどを通じて、ノマドと地域住民が自然と交流できる環境づくりが進められています。こうした工夫により、人口約8,000人の村に年間6,000人以上のデジタルノマドが訪れ、推定40億円の経済効果が生まれたとされています。
このようにデジタルノマドにとって魅力的な環境を整えることは、関係人口の創出を通じて、地域の持続的な活性化につながる可能性があります。
日本におけるノマド文化の未来
ここまで紹介してきたように、デジタルノマドは単なる観光客ではなく、地域に長く滞在し、その土地の暮らしに深く関わっていく存在です。宿泊や食事、ローカルサービスの利用にとどまらず、地域の人々との交流や文化体験を通じて、コミュニティに新たな風をもたらしてくれます。
日本とオーストラリアは、長年にわたり教育、観光、経済の分野で深い関係を築いてきました。留学やワーキングホリデー制度を通じた人の行き来は、両国の理解と絆をさらに深めています。そうした背景を踏まえると、「働きながら暮らす」という新たな形の交流が芽生えつつあるのは、ごく自然な流れだと言えるでしょう。都市にはない“余白”や“体験価値”を日本の地方が提供できれば、ノマドにとっても、より深い意味を持つ滞在先となります。地域の個性に触れ、日々の暮らしの中で新たな発見を重ねながら、滞在が思い出以上のものへと育っていく――そんな体験が、彼らの心を引きつけるはずです。そしてこの動きは、人口減少や経済の停滞といった課題を抱える地域にとって、新たな希望の兆しとなるでしょう。
旅と暮らし、そのあいだにある柔らかな関係性を、オーストラリア人ノマドとともに育んでいく――。そんな未来が、日本各地に広がっていくことを心から願っています。