By SCP編集部 in オーストラリア基本情報, ツーリズムデータ
環境への問題意識が高いオーストラリアでは、旅行に対してもサステナブルを軸に据えたプラン作りがなされています。環境に影響を及ぼしていないか、そこで暮らす人々の文化や経済にポジティブな効果があるかどうかなど、観光業界と利用者は一体となって現状と向き合っています。それは海外旅行に対しても同様で、サステナブルかどうかを考慮に入れながら旅行先・ツアーを選ぶ傾向があります。
この動きは現在、オーストラリアだけでなく、世界的に広がりつつあります。そうした視点で見たとき、日本は果たして海外からの観光客の要望を受け入れられる体制が整っているのでしょうか。数の問題はもちろん、その内容についても課題が残っているかもしれません。現在、日本で行われているサステナブルな取り組みを例に見ながら、サステナブル観光商品を開発する際のポイントを探ってみましょう。
オーストラリア人とサステナブルツーリズム
サステナブルに対するオーストラリア人の意識
地球の環境を壊さず、未来の世代も平和に生活を続けられる“持続可能”な社会の実現に向け、オーストラリアの人々は積極的に行動しています。政策としては2050年までに温室効果ガス排出量ゼロを目指して脱炭素化を進めているほか、国民は水やエネルギーの保全・節約、ゴミの軽量化に加え、動植物の保護に力を入れるなど、産業及び地域社会が一体となって環境保護に努めています。
そもそもオセアニア地域は数千万年前、他の大陸と地理的に隔離されたことで独自の進化をたどった動植物が多く、人々は身近にある稀な自然環境を誇りに感じながら生活してきました。そのため環境保護や動物愛護への意識が高くなるのは至極当然。環境に対して高い問題意識を持つことは、もはや自然を愛するオーストラリア人の国民性と言っても過言ではありません。
サステナブルツーリズムの高まり
観光産業においても、オーストラリアはサステナブルな取り組みを積極的に進めています。自然体験に専門家によるガイドを配置したり、その土地に住む先住民族の伝統を学んだりといった具体的なアプローチのほか、内容や段階によって分化されたエコ認証システムを導入して、サステナブルかどうかを観光客が判断できるようにしています。また、おしゃれでリッチなエコリゾート施設にも力を入れており、それを目的地とした旅行はもちろん、その施設を組み込んだトレッキングツアーも人気となっています。
日本との差異
Sustainable Development Report 2024 によると、日本のサステナビリティ達成度は世界の中で第18位。数字だけを見ると、日本の進捗もそう悪くなさそうに見えますが、SDGsが掲げる目標のうち、日本の深刻な課題として5つもの項目が挙げられています。「ジェンダー平等」「つくる責任 つかう責任(持続可能な生産や消費についての目標)」「気候変動対策」「海の豊かさを守ろう」「陸の豊かさを守ろう」の5点で、そのうち4点が環境保全に関するものにとなっています。
もちろんこれらの原因がすべて観光にあるわけではありませんが、過度な開発やオーバーツーリズムなどを控えることで悪化を食い止める一手となり得る可能性があります。さらに保護する活動を含めて観光化できれば、それが魅力となり、国内外から新たな旅行客が増えていくと考えられます。
そこでJNTO(日本政府観光局)はサステナブルツーリズムの推進を図るため、国内観光関係者に向けた先進事例の情報提供などの取り組みを進めると同時に、海外に向け、サステナブルツーリズムに関する情報の発信を始めています。日本の状況は、オーストラリアに比べるとまだ不十分ですが、各地でこうした動きが広がれば、複合的・持続的に観光客が増加し、観光産業全体で成果が出てくると考えられます。
サステナブルな観光コンテンツの成功例
すでにサステナブルツーリズムで結果を出している地域もあります。持続可能な観光地を認証する国際的団体、グリーン・デスティネーションズによる『世界の持続可能な観光地トップ100』には、日本から毎年数か所が選ばれており、海外からも注目を浴びています。
しかし注目を受け、観光客が増加するのは喜ばしいことですが、増えすぎると逆に、サステナブルから離れてしまう結果となります。国内外から注目されているサステナブルな取り組みについて見てみましょう。
観光資源をインバウンド視点から見直し! 新たな魅力を発掘【神奈川県箱根町】
今や外国人観光客に大人気となった箱根旅行。なかでも新たに話題となり、海外からの人々を惹き付けているのがハイキングです。
特に人気なのが、アドベンチャーツーリズムを感じられるコースに、歴史文化を楽しめるスポットを組み合わせて造成されたルート。自然と文化を同時に味わえるという体験に、海外からの観光客はとりわけ強い関心を持っているようです。
この取り組みの特筆すべき点は、観光資源を調査して、地域資源の棚卸を行ったところにあります。現状をインバウンド視点から見直すことで、これまで気づかなかった、埋もれていた魅力を再発見することができます。さらに箱根DMO(一般財団箱根町観光協会)は、アドベンチャーツーリズムに知見のある海外の有識者に見識を求めました。サステナビリティやコースに対する魅力など、各方面の意見を反映させた結果、より多くの人々の関心を集めるルートが出来上がったとのことです。
箱根町はほかにも、箱根サステナブルツーリズムとして、積極的に持続可能な取り組みを推進しています。これらの影響もあり、2023年度は外国人宿泊者数が前年度比827.2%を記録(箱根町・観光客実態調査報告書参照)したのをはじめ、『世界の持続可能な観光地 トップ100選』を2年連続受賞。さらには2023 年のファイナリスト審査で、世界1位(ビジネス&マーケティング部門)を獲得しました。
サステナブル意識の高いモダンラグジュアリー層に焦点を当て、持続的な展開へ【富山県砺波市 他周辺地域】
広大な耕地の中に民家(孤立荘宅)が散らばって点在する集落形態・散居村。日本でも数えるほどしかない珍しい形態ですが、この集落の中にオープンした宿泊施設・楽土庵が、インバウンド観光客の間で話題になりつつあります。
楽土庵は古民家を改造したアートホテルで、内部には、土・和紙・絹など古来からの自然素材を用いたラグジュアリーな空間が広がっています。敷地内には地産地消のもと、富山の食材を使ったレストランや、富山の工芸品を扱う店も。さらに宿泊者は1日3組限定という、スペシャル感のあるホテルです。
2022年秋の開業以来、海外からの宿泊者が増え、今では4割程度が外国人観光客。季節を変えて宿泊するリピーターや、保全活動のための投資を申し出る人、自ら空き家のオーナーとなることを検討する人もいて、サステナブルな取り組みに対する賛同を感じます。
楽土庵のほか、近隣地域では伝統産業の工房やサステナブルな漁の見学、座禅や写経、茶道も体験することができます。これらはサステナビリティへの意識が高い、いわゆるモダンラグジュアリー層をターゲットとして展開されており、楽土庵の成功はその成果といえるでしょう。
7年連続『世界の持続可能な観光地100選』選出! サステナブルツーリズムで若者が増えた【岩手県釜石市】
有名な観光地は?と聞かれると即答しづらい釜石市ですが、2018年から7年連続で『世界の持続可能な観光地100選』に選ばれています。
特に世界から注目を浴びているのが、みちのく潮風トレイルです。これは東日本大震災のあと、歩いて旅を楽しむ道として環境省が設定した約1000キロの自然歩道で、イギリスの『TIMES』誌によって、2024年『日本の訪れる14の場所』として紹介されました。トレイル全線を統括するNPO・みちのくトレイルクラブ(宮城県名取市)によると、この記事によって、アメリカやオーストラリアなどを中心とした外国人向けツアーの予約が増加。青森県八戸市から宮城県気仙沼市までを8泊程度で歩くのが人気となっています。
そのほかの切り口として注目されているのが、防災です。日本と同様、津波被害が多いインドネシアなどの国々では、釜石の小中学生が的確な避難行動により津波の難を逃れられたことに対し、強い関心が寄せられているそうです。
さらにポイントとなるのが、これらの取り組みが地元の人々だけでなく、移住してきた若者も一緒に行っていること。釜石では今、移住してくる若者が増えていて、自由な発想力と行動力が市にとって大きな力となっています。自然の美しさや、釜石市の掲げるサステナブルな観光地域づくりへの取り組みが人材を引き寄せ、アウトプットされるものの質がさらに高まるという好循環につながっています。
理想のライフスタイルを体現! GOOD NATURE HOTEL【京都府京都市】
『GOOD NATURE HOTEL KYOTO』はサステナブルをテーマに、地球環境に配慮したホテルとして2019年12月にオープンしました。いくら環境に良くても、楽しくなかったり美味しくなかったりすると手を出しづらいのが、利用者の正直な気持ちです。ですがこのホテルはスパや朝ヨガなどウェルネスプログラムをはじめ、野菜たっぷりの朝食、天然木を基調にした客室、大緑化壁を見上げる中庭など、楽しみながら健康的なものをライフスタイルに取り入れるという経験を味わうことができます。館外プランの中には座禅体験、大文字山ナイトハイクなど、京都ならではのコンテンツも。そうした魅力もあり、約8割がインバウンド需要で、特に欧米やオーストラリアのからの旅行者においては連泊率も高いとのことです。
ホテルは海外でも高く評価され、環境や健康に配慮した建物が認定される『WELL Building Standard(WELL認証)』はゴールドランクを取得、環境に配慮したグリーンビルディングを評価する『Leadership in Energy & Environmental Design(LEED認証)』はシルバーランクを取得しました。これらの同時取得は『GOOD NATURE HOTEL』が世界初。海外サイトでのクチコミ評価も非常に高く、今後もますます人気が高まっていくことだと考えられます。
反面、京都は今、オーバーツーリズムが大きな課題となっています。京都市にとって観光産業が大きな経済効果を生み出している一方で、観光客増加による混雑、ごみのポイ捨て、私有地への無断侵入など、問題が山積しています。京都市は2026年3月から宿泊税の上限を引き上げる改正案を発表し、税収は文化財の修繕やオーバーツーリズム対策に活用するとのことですが、京都というブランド力は今後も海外の人々を引き付けていくでしょうし、これからも模索し続けていかなくてはならないでしょう。
誘客だけに注力しない! 目指すは地域住民の満足度が高い観光地づくり【岐阜県白川村】
1995年にユネスコの世界遺産に登録、2020年には『世界の持続可能な観光地100選』に選ばれ、2023年には『ベスト・ツーリズム・ビレッジ』に認定された白川村。世界的にも有名で、白川郷は海外の人々から非常に人気があります。
観光客が増加するに従って、国内各所でオーバーツーリズム問題が発生している中、“未然防止”を掲げているのが白川村です。持続可能を意識した取り組みのひとつとして、村は人で混み合う白川郷のライトアップに予約制システムを取り入れました。寺など観光地でのライトアップは全国各地で行われていますが、白川郷はそれをイベントとして扱い、貸し切りバスの団体客、マイカーの個人客、ともに完全予約制にしたのです。さらに、混雑予想カレンダー、交通ライブカメラ、交通規制状況がリアルタイムにわかるサイト「白川郷すんなり旅ガイド」も作成。英語・中国語などで見ることができ、向かう前に現在の状況を知ることができます。
誘客はもちろん重要なポイントではありますが、今後はその後を見据えた取り組みまでが必要になると言えます。暮らしや文化の継承と、観光。その2つを両立してこそ、今後も持続可能な観光地として人気を博していくに違いありません。
オーストラリア人が好むサステナブルツーリズムのポイント
釜石市の例にもあったように、インバウンド需要が高まっている観光コンテンツの中で外せないのがアドベンチャーツーリズムです。特に長期で旅行をすることが多いアメリカやオーストラリア、ヨーロッパの人々は体を動かすアクティビティを好むので、文化体験と関連づけることでより一層、人気が高まります。
オーストラリアの人々について言及すれば、その国民性や観光特徴から、さらに以下のようなコンテンツがあるのが望ましいと考えられます。
長期滞在&家族旅行でも飽きない、複合的かつ幅広い世代が楽しめる取り組み
観光庁によると、オーストラリアから日本に来る観光客の平均滞在日数は13.8日(2023年)。さらに14 日間以上の滞在者は5 割超を占めており、他の国籍・地域に比べて滞在日数が長め。その分、交通が不便な場所でも魅力的であれば足を延ばすので、質が高く、豊富なバリエーションを持たせたコンテンツが必要です。例えば海辺で自然を満喫したあと、地産地消のシーフードを食べ、温泉宿に泊まり、翌日はサステナブルな日本の漁を体験する……など、1つの場所で複合的にサステナブルを感じられるのが理想でしょう。
またオーストラリアは家族旅行のグループも多いため、老若男女を問わないアクティビティや、各世代が楽しめるものが近隣にあることも望まれています。もちろん家族全員で楽しめるに越したことはありませんが、例えば親子がマリンアクティビティを体験している間、祖父母はホテル内で干物作りを体験する……など、選択肢をもたせておくと、より充実したプランを作成することができそうです。
こうしたことは1つの宿、1つの町はもちろん、1つの市だけでは実現するのが困難です。市や県を超え、地域全体で取り組んでいくことが必要で、広域的な連携を図る努力をしていかなくてはなりません。
地域の人々との交流
オーストラリア人の国民性は、友好的でおおらかだと言われます。異なる文化や慣習が身近にあるため、それらに敬意を持ち、学ぶことが大切だと普段から意識しているからでしょう。オーストラリア国内での旅行で、アボリジナル民族によるガイドツアーが人気なことからもわかるように、オーストラリアの人々は、ただ観光地を受け身で回るだけではなく、能動的にその文化をもつ人々と関わることに意欲的です。
箱根町では英語が話せる現地ガイドのニーズが高まっていますが、それと同様、積極的にコミュニケーションを取れるガイド・コーディネーター等の存在があると、旅をより深く楽しむことができるでしょう。他にも地元の人々と関わるアクティビティや、文化・職業・歴史体験談など、その人しか話せないような貴重な話を聞く機会などがあれば、日本の印象がより一層、濃く残ることと思われます。
ベジタリアンメニュー、ヴィーガンメニューの作成
オーストラリアではコロナ以降、ベジタリアンやヴィーガンが急速に増えています。アメリカのビジネスメディア・CEOWORLDによると、2024年度の調査ではオーストラリアのヴィーガン・ベジタリアンを合わせた人数は、全人口の約15%近くにのぼるとのこと。
この背景には、彼らの環境に対する意識が深く関係しています。肉の生産国として有名なオーストラリアですが、動物愛護や環境意識が高まるにつれてベジタリアンが増加し、特にコロナ以降は若い世代を中心にヴィーガンが増加しています。今やオーストラリアでは、どのレストランにもベジタリアンのメニューが用意されているほど、彼らは珍しくない存在となっています。オーストラリア以外の国を見ても、ヴィーガンやベジタリアンの食事には需要があるので、日本も観光客の多様性に対応していく必要があると思います。
オーストラリア人に向けた、サステナブルツーリズムのPR方法
PRを効果的に打ち出すために、オーストラリアの人々の心に届くアプローチ方法を探ることが必要です。また既存の観光コンテンツについても、切り口を変えてみることで外国人観光客の胸に響き、インバウンド需要が一気に高まる可能性があります。
海外での観光プロモーション
富山県砺波市などによって設立された観光地域づくり法人(DMO)・富山県西部観光社によると、ロンドンで観光プロモーションを行ったことで、アメリカ・イギリス・フランスのメディアが富山まで実際に取材に来てくれたそうです。その後、それぞれが各国で記事を作り、それを読んだ読者が実際に楽土庵に宿泊するケースが生まれているとのこと。
同様に考えると、オーストラリアでプロモーションを行った場合も大きな成果が期待できると考えられます。オーストラリアの人々は旅行が好きで、旅を扱うメディアも多々あります。新聞やテレビの公式ニュースサイトに「観光」トピックスがあるほど、人々は旅行に興味を持っています。また環境問題にも強い関心があるので、サステナビリティな取り組みをPRすることでも、その土地が注目される可能性があります。オーストラリアの人々にとって日本は旅の有力な候補地ですので、プロモーションを行うことで良い結果をもたらせるに違いありません。
有識者・インフルエンサーの活用
箱根町の例では、新しいハイキングコースについての意見を海外の有識者に求めた際、有識者の人々が自国で箱根町をPRしてくれ、それがインバウンド需要につながったという側面がありました。また、沖縄県では台湾人インフルエンサーの発信に頼ったり、海外で人気の日本人インフルエンサーの投稿によって突然ある地域が人気になったこともありました。クチコミの力は絶大で、特にそれが影響力を持つ人の言葉であればあるほど、その場所に対する関心が高まります。
オーストラリアに関しては、人々が環境への問題意識が高い分、環境に対する専門家や有識者の発言が功を奏すでしょうし、旅系ユーチューバーやインスタグラマーも刺激をもたらしてくれることだと思います。
オーストラリア人の好みと合致する切り口の、海外向けサイトを利用する
日本政府観光局JNTOが運営する海外向けサイト・Travel Japan – The Official Japan Guideなど日本全体を網羅した媒体でPRすることも必要ですが、オーストラリア人が必ず検索するであろう「サステナブル」「ハイキング」などに焦点を絞った英語サイトの活用もおすすめです。
サステナブルに視点を置いた訪日観光客向けサイト・Zenbird.lifeや、日本の登山・ハイキング情報を世界に発信する専門サイト・HIKES IN JAPANなど、海外からのアクセスが多いサイトで魅力を発信すれば、結果につながることが期待できます。
まとめ
サステナブルツーリズムは、オーストラリア市場とぴったり合致しています。日本には彼らの好む自然も伝統文化もあるので、サステナブル視点での観光コンテンツを作成したり、訴求ポイントを工夫したりすることで、新たな観光資源となり得るでしょう。
現在、世界中の国々が世界共通の目標として、サステナブル社会の実現に取り組んでいます。観光においても、サステナブルツーリズムへの移行は今後ますます加速していくに違いありません。そのためオーストラリア市場を意識した観光商品を作ることは、オーストラリアの人々の誘致になることはもちろん、今後の観光の主軸を作り出すことにもなるでしょう。その際は誘客だけを考えるのではなく、地域の未来を見据えた持続可能な取り組みとして捉えることで、長きにわたって人々が集う観光地となっていくことと考えられます。