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インバウンドを読む#01 JNTOシドニー事務所 若林香名所長

By SCP編集部 in インバウンドを読む(インタビュー)

インバウンド需要が高まる日本。訪日外国人数が年々増え続け、日本経済に潤いをもたらしています。なかでもオーストラリアの訪日数は毎年上昇し、2017年は過去最高の49万人を越えました。インバウンドの対象国としてオーストラリアに目を向けるようになった自治体や企業数も徐々に増えていることから、今年はさらに訪日オーストラリア人数がアップすると期待されています。

そこで、日本の魅力を発信しオーストラリア人を日本に誘致するための多彩な活動を推進する日本政府観光局(JNTO=Japan National Tourism Organization)シドニー事務所の若林香名所長(以下、若林)にお話を伺いました。

―現在のオーストラリア市場について教えてください。

若林:かつてないほど非常に好調で、日本ブームが起きています。観光局のホームページで毎月発表する訪日外客数では、今年(2018年)1月から8月までで、すでに去年(2017年)の同月を上回り、その伸び率はプラス12%! 過去最高訪日数だった去年を更新しているのです。現在オーストラリアは景気がよく出国者数も増えていますが、特に訪日数が伸びていることは注目に値します。

参照元:JNTO 統計データ(訪日外国人・出国日本人)

―訪日するオーストラリア人の伸び率が高いのはなぜですか?

若林オーストラリアから日本への新しい直行便が毎年増えている影響が大きいでしょう。例えば、カンタス航空1便だったメルボルンへは、去年(2017年)9月に日本航空が新路線「メルボルンー成田」を開設したことや、12月にカンタス航空が関西とシドニーを結ぶ路線を週3便設けたことなどですね。各社の運航が増えれば物理的に席数が増えますし、価格競争も起こります。そして、直行便となれば気軽に足を運べますからね。

また、オーストラリアの旅行会社が日本旅行の番組を制作したり、国内の旅行誌で日本の見どころが紹介されたりすることから、日本へのツアー商品が数多く打ち出されるようになっています。

さらに、今オーストラリアでは日本食が話題となり人気が沸騰中であることも、訪日への興味を高めているでしょう。JNTOもかつてないほどの規模で日本のプロモーション活動を行っていますので、オーストラリア国内で「日本」の露出が高まっていることが理由だと思います。


参照元:Wendy Wu Tours

―なぜ、このように旅行先として日本が注目されるようになったのでしょうか?

若林:オーストラリア人がよく行く旅行先は、隣国のニュージーランド。続いてインドネシア、そしてタイも人気です。東南アジアは、航空便数が多く価格も安い。さらに現地での物価も安いため、旅行会社は以前から多様な商品で旅行者を送ってきました。

しかし、消費者がこれらの国に飽きてきている傾向があるため、旅行会社は以前からスキー旅行が人気だった日本に目をつけ、新しい魅力を見つけるようになったのです。そこで、桜の季節への日本旅行が流行りだし定番化。現在ではそれ以外の日本も紹介され始めています。つまり、東南アジアからシフトしてきたというわけです。

また、もともと日豪の関係はよく、姉妹都市交流などがさかんなことから、オーストラリア人は日本に対するいいイメージを持っています。そのひとつに、オーストラリアは日本語学習者数が世界で4番目に多く、英語圏ではトップです。片言ですが日本語を話せる人もよくお見かけするので、日頃から日本への興味関心が強いように感じます。


参照元:国際交流基金 日本語教育機関調査

―オーストラリア人は日本のどのようなことに魅力を感じているのでしょうか?

若林:スキーや桜以外では、金沢、高山、高野山、中山道などが一般の方の口コミで広がっています。オーストラリア人は自国の人がいないところに旅行したいという旺盛なチャレンジ精神を持っていますが、日本側の受け入れ態勢が整っていないところにはあまり足を運びたくない傾向も持ち合わせています。そのため今までは東京、京都、広島といった特定の旅先ばかりでした。

しかし今では、友人や知人が実際に行ってみて「よかった!」という信頼の置ける口コミをもとに新しい地域へも出かけるようになりました

オーストラリア人が求めるものは、伝統文化や日本人とのふれあい、自然の中での体験といったもの。こうしたコンテンツは日本各地にあふれているので、上手にPRすれば、どの地域でもオーストラリア人を呼び込むことができると考えています

―それでは、今注目されている「インバウンド」の現状について教えてください。

若林:日本におけるインバウンド戦略は、今までアジア圏を中心に展開してきました。確かに、アジアからの旅行者は毎年大勢います。さらに、アジア圏の旅行会社はすぐにツアーを組んで人々を訪日させるという対応スピードも抜群です。それに比べると欧米は打って響く市場ではありません。そのため、10年くらい前から、投資するならアジアへという流れができていたのです。ただここ数年は、インバウンド対象国として欧米やオーストラリアも大事という認識が芽生えています。

その理由のひとつには、オーストラリア人は日本でお金を使ってくれるお客様という点に自治体や観光施設が気づき始めた、ということがあると思います。国の旅行消費額調査の統計(2017年)をみると、一人当たりの支出額はオーストラリアが中国に次いで2位なのです。また、オーストラリア人の滞在日数は平均10日以上と長いため、観光業界にとってはいいお客様となります。

参照元:観光庁 訪日外国人消費動向調査

ただ、オーストラリア人は限られた地域や特定の時期にしか日本に行かないという問題点もあります。その一例に、スキーシーズンの訪日オーストラリア人は大勢いますが、夏を楽しみに訪日するオーストラリア人ほとんどいません。この時期はオーストラリアの冬休みにあたり出国者数は多いにもかかわらず、デスティネーションとして日本は認識されていないのです。


オーストラリア全体の出国者数(単位:万人)
資料提供:JNTOシドニー事務所

―オーストラリア人をターゲットにしたインバウンドビジネスを考える場合、実際にどのようなことをするといいでしょうか?

若林一番大事なことは、“オーストラリア”を知ること。それには、オーストラリアに足を運ぶことがベストですね。私たちが「オージーは裕福な方が多いですよ」と言ってもその実態はなかなか伝わりませんが、実際にオーストラリアに来ていただくと「物価が高いね」など、体験することで納得していただけることが多々あります。

また、JNTOが主催する商談会に来ていただくことはたいへん効果的です。ここでは、さまざまなキーパーソンや旅行会社に直接会うことができ、現地の動向や要望など生の声をダイレクトに聞くことができます。リアリティが高まるため、すぐにファムトリップ(観光地の誘致促進のために、ターゲット国の旅行事業者やメディアなどに現地を視察してもらうツアーのこと)の実施につながる団体もいらっしゃるほどです。

商談会は年2回開催していますが、参加団体が毎年増加し、次回12月の商談会もすでに数多くの申し込みがあります。また、同時期にB to C向けのイベントも実施するのであわせて参加していただくこともおすすめです。ここでは一般消費者の反応が見え、プロモーション活動の推進と同時に、新しいビューポントを得るなど益ある情報も得られるでしょう。


旅行商談会2017
画像提供:JNTOシドニー事務所

若林:もし足を運べないとしたら、「サザンクロス・プロモーションズ」のようなオーストラリア情報のサイトを見て、オーストラリアの実情や文化、オーストラリア人の国民性や気質などを知ることが大切です。現地にいる日本人が日本の目線でオーストラリアを教えてくれるので、オーストラリアをまったく知らない方でも読みやすいでしょう。こうしたことからインバウンドに向けたプロモーション活動に大きなヒントが得られると思います。

▶︎サザンクロス・プロモーション ブログ記事一覧

若林:そして、インバウンドをお考えでしたら、英語での情報発信は特に重要ですね。ウェブサイトはもちろんですが、オーストラリアは口コミ社会のためSNSの活用もとても有益です。また、ファムトリップも効果が高いです。実際に見てもらうことでリアリティが生まれ、親近感が湧きます。

―オーストラリアで訪日インバウンドのプロモーションするときに気を付ける点はありますか?

若林オーストラリアは欧米に近い文化を持っているので、アジアで通用するやり方は功を奏しません。例えば、アジアで日本を紹介するセミナーを開催すると、まず主催の挨拶があり、続いて30分くらいかけてのプレゼンテーションが行われます。この方法はオーストラリア人を疲れさせてしまい、あまり適さないのです。

どのような方法が好ましいかと言いますと、「オーストラリア人をいかに楽しませるか」にフォーカスしたプロモーションがいいでしょう

例えば、オーストラリア人は公私ともにパーティをよく行いますが、そのスタイルは日本とは少々違います。主賓挨拶がないこともあれば、夜のイベントの場合、歌手のパフォーマンスやダンスタイムが始まったりすることもあります。そのようなイベントを繰り広げるオーストラリア人にアピールするには、この国は楽しそう!と思える要素が必要です。そして、参加者をおもてなす心遣いが大事です。セミナーを開くなら、挨拶は最小限にし、プレゼンテーションも10分程度。30分立ったままスピーチばかりの時間がないように気をつけたいものです。

また、表敬訪問をしたいという申し出をよく受けますが、これはオーストラリア企業にあまり喜ばれません。「とりあえず会って話をしましょう」というビジネススタイルがないので、もし訪問するならその目的や意義を明確にしたほうがターゲット企業とのアポイントが取りやすいです

―JNTOでは、オーストラリア人の訪日数を増やすためにどのようなプロモーションを実施していますか?

若林:一例ですが、今年(2018年)3月に新しい日本を知ってもらおうというお披露目のパーティを、オペラハウス近くのレストランにて行いました。ラグビー王国にちなんでゲストスピーカーは、ラグビーのレジェンドと言われる有名な元ラグビー選手を起用し、すばらしい景色と食事を味わいながら過ごしてもらったのです。


JNTO主催グローバルキャンペーンのローンチイベント風景
画像提供:JNTOシドニー事務所

また、昨年(2017年)は、マスターシェフオーストラリアという人気テレビ番組を日本に誘致しました。オーストラリア国民に日本を知らせる絶好の機会となり、そのほかの著名人からもタイアップしたいといったオファーが来るようになったほどです。

そして、直行便を運航する航空会社のみならず、直行便がない各航空会社ともキャンペーンを多数実施し、今後も計画しています。経由便の利点は、パースなどの直行便がない都市からも広島や札幌など地方に行きやすいことなので、日本各地に興味や関心を持ってもらえるチャンスだと考えています。

▶︎JNTOウェブサイト
▶︎JNTOフェイスブック

―オーストラリアをターゲットにしたインバウンド事業や、商品・サービスのプロモーションを検討する際に大事なことはどんなことでしょうか?

若林: オーストラリア人にプロモーションする、オーストラリア人を誘致する、いずれにしても言葉が一番大きな壁だと思います。日本は以前よりは英語対応ができる人が増え、街の至るところで英語表記が見られるようになりました。

しかし、ほかの競合国、例えばシンガポールや香港、スキー王国カナダでは、ネイティブレベルで英語が通じます。それらの国と比較すると日本は英語レベルでは追いつかないため、日本人ができることとして「レスポンスの早さ」を心がけてみてはいかがでしょうか。オーストラリア人のビジネスは、無駄がなくとてもスピーディ。

例えば、スキー商品について日本とカナダに問い合わせたら、返答が早い方の国と商談を進めていきます。質問に対して確信がないと「Yes」と言えない日本人ですが、まず「ご質問を受け取りました」といった返事をするなど、コミュニケーションをもっと活発にするといいでしょう。

また、オーストラリアでは食事アレルギーの対応が進んでいます。この食品はNGと言えば、違う食材で対応してくれるのが一般的です。日本のいいところは豊富なメニュー数ですが、こうした細かなオーダーに応えるサービスが浸透していないため、提供する食への柔軟性を今後検討するのもアイデアでしょう。

もしファミリー層をターゲットとするなら、ベッドルームに配慮するといいですね。4人家族ですと4つのベッドが必要です。1部屋にベッドが4つあるホテルは少ないので、こういう時は2部屋になってしまうことも。そんな時、日本人なら旅館を選ぶでしょうが、オーストラリア人は和室に連泊することは厳しいため、ファミリー層を取り込みたいなら、洋室のコネクションルームが求められます。訪日オーストラリア人数を高めるためには、オーストラリア人の目線に立つことも大切です。

―最後に、オーストラリアへのインバウンド事業や訪日プロモーションを展開している、またはこれから展開しようと考えている皆さんにアドバイスをお願いします。

若林:訪日インバウンドプロモーション活動は、お金と時間がかかります。目標に到達できるようになるまでは、最低でも3年くらいをみてもらいたいです。それでは来年(2019年)開催のラグビーW杯や、再来年(2020年)開催の東京オリンピック・パラリンピックまでに間に合わないと思うかもしれませんが、長野県の白馬がスキーで知られるようになったのは長野オリンピックがきっかけのひとつです。

これらのメジャーな大会が開催された地ということでプロモーションを行うことも可能ですから、長期的な戦略を視野に入れながら行動してほしいと思います。JNTOはそのバックアップになるよう今後も活動していきます。

若林 香名(わかばやし かな)
日本政府観光局(JNTO)シドニー事務所所長

。国際平和に貢献したいといった想いがあり、1998年日本政府観光局に入局。韓国ソウル事務所の次長として訪日インバウンド客の誘致活動や海外市場開拓、海外マーケティングなどを経て、2017年シドニー事務所の所長として就任。有力なインバウンド客であるオーストラリア人に、多彩なプロモーション活動を通して日本各地の魅力を伝えている。

 

取材:茂木宏美、浜登夏海

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