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”健康X観光Xエコ”の時代にマッチしたサイクルツーリズム

By SCP編集部 in オーストラリアでのプロモーション, オーストラリア基本情報, ツーリズムデータ

近年、健康志向や自然回帰への関心が高まる中で注目を集めている「サイクルツーリズム」。車では気づけない風景や、歩くよりも遠くへ行ける自由さ。さらには環境への配慮やウェルビーイングを重視する現代の価値観にも合致し、多くの国で観光政策に取り入れられています。2022年のサイクルツーリズム市場は全世界で推定1167億3000万米ドル、2023年から2030年にかけての年間平均成長率は9.1%と予測され、今後のさらなる拡大が期待されています。

今回は、地域経済に新たな活力をもたらす可能性を秘めた体験型観光「サイクルツーリズム」の背景と魅力を深掘りします。

変わる旅の価値観とサステイナブルな観光需要の高まり

コロナ禍におけるサイクリングの再評価

新型コロナウイルス感染症の拡大を機に、世界的にが大きく変化した旅のスタイル。多くの人々が密集を避けて楽しめるアウトドアアクティビティを求めた結果、サイクリングに注目が集まりました。「密を避けられる移動手段」として自転車の利点が改めて見直され、サイクルツーリズムへの関心が高まることに。さらに健康志向の高まりやサステイナビリティを重視する価値観の広がりも追い風となったこと、そして地域の観光資源を再発見し地方経済の活性化に貢献できる点から、国や自治体もその推進に力を入れ始めたことも強力な後押しになりました。こうした複数の要因が重なり、サイクルツーリズムは持続可能な観光の新たな形として再評価され、近年の盛り上がりへと繋がっているのです。
【参考:一般社団法人ルーツ・スポーツ・ジャパン「サイクリスト国勢調査2021」】

サイクルツーリズムとは?

「サイクルツーリズム」は、主に自転車(サイクリング)を活用した観光形態を指します。自転車で地域を巡り、その土地の自然環境や文化・食・歴史などを体験する旅のほか、国際的なサイクリング大会に参加したりレース観戦を目的とするスタイルも含んでいます。前者の場合は、単なる移動手段としての自転車利用ではなく交通手段そのものを観光資源と捉え、旅のプロセスに価値を見出す点が特徴。インバウンド市場でも「サイクリング自体を楽しむことを主な目的とする旅のスタイル」として定義されつつあります。

自転車による観光は、景観や地域性を体感しやすく、また環境負荷が少ないサステイナブルさが魅力です。最近では国や自治体による推進策が講じられ、整備可能な観光インフラであることから、地方創生や地域経済の活性化手段としても有望視されています。
【参考:国土交通省「GOOD CYCLE JAPAN」】

世界中で熱を帯びるサイクルツーリズム

サイクルツーリズムは、観光と持続可能性を両立させる新しいスタイルとして認識されつつあります。実際に成果を上げている先進事例として、デンマークと台湾、それぞれの特徴を見ていきましょう。

デンマーク:インフラと観光の両面で世界のモデルケース

デンマークは「サイクリスト天国」と称されるほど自転車利用が盛んで、サイクルツーリズムの成功例として国際的に評価されています。首都コペンハーゲンは世界有数の自転車都市で、通勤や通学に加え、観光手段としても活用されています。国内には全長1万2000km超のサイクリングルートが整備されており、風景や文化を楽しみながら安全に走行できる環境が整っています。ナショナル・サイクリングルートや、オーデンセ〜レゴランドのファミリー向けルート、コペンハーゲン市内のガイドツアーなど、多様なニーズに応えるプログラムも充実しています。

台湾:アジアにおけるサイクルツーリズム先進国

台湾は、政府の積極的な支援のもとインフラ整備と観光振興が進められ、アジアの中で特に高く評価されています。中でも「環島(Huán Dǎo)」と呼ばれる台湾一周のルートは、都市部から山岳地帯、海岸線まで多様な風景を楽しめることで人気を集めています。全長約1000kmにわたるルートには標識や休憩施設、宿泊施設が整い、初心者から上級者まで安心して走行が可能。また、世界的ブランド「GIANT(ジャイアント」の本拠地であり、高品質なレンタルや整備サービスが全国に整備されている点も大きな強みです。都市部でのサイクルレーンの整備や公共交通との接続も進み、持続可能な移動手段としての利用も拡大しています。

オーストラリアのサイクルツーリズム事情

オーストラリアはもともと広大な自然と多様な地形を活かしたアウトドアアクティビティが盛んな国であり、サイクリングもその中で特に人気の高いアクティビティのひとつです。国民の間では健康志向やエコ志向の高まりとともに、日常の移動手段としてだけでなく、観光やレジャーの一環として自転車を利用する人が増加しています。

各州の取り組み

オーストラリアの各州では、それぞれ独自のサイクルツーリズム戦略を策定しています。例えば、クイーンズランド州ではトレイルライディングやマウンテンバイクルートの開発を進め、ビクトリア州では観光地と鉄道を結ぶサイクルトレイルを整備。西オーストラリア州やタスマニア州でも、サイクルツーリズムを地域経済活性化の柱として位置づけています。さらに、近年は都市部でも自転車専用レーンの整備が進んでおり、通勤や市内の移動手段としての利用も定着しつつあります。こうした取り組みは観光の新たな形として成果を上げており、日本と比較してもインフラ整備や政策支援において先進的な面が見られます。

また、2020年には国内の自転車関連団体が統合され、全国組織「AusCycling」が発足しました。これにより、ロード、マウンテンバイク、BMXなどの多様な分野における競技・レクリエーション活動が一元化され、今後は制度的支援や観光資源としての整備もより進むことが期待されています。

サイクルツーリズムにおける日本の強み

四季折々の風景と独自の文化体験

海外におけるサイクルツーリズムの成功事例を鑑みると、日本の強みとしては「四季の風景」と「治安の良さ」、「交通・道路状況」が挙げられるのではないでしょうか。

四季折々に移ろう自然環境の中を自転車で巡ることで、風や光、匂い、音といった日本ならではの風景や文化を五感で体感することができることは大きな魅力です。日本各地には個性豊かな地域資源が点在しており、自転車だからこそ出会える素朴な集落や伝統的な暮らしの風景は旅人の心を打ちます。日本政府観光局(JNTO)によると、訪日オーストラリア人観光客の地方への関心度は非常に高く、20代以上の訪日観光客の平均64%以上が訪問を希望しているというデータもあります。徒歩よりも広範囲に移動できる一方で、好きな時に立ち止まり、景色を楽しんだり、写真を撮ったりできる自転車移動の自由度の高さは、地方においても旅の満足度を格段にアップさせるはずです。

さらに、日本は治安が良く、道路の整備状況も比較的高水準であるため、旅行者にとって安心して自転車旅を楽しめる環境が整っていると言えます。公共交通機関との接続性も高く、都市から地方へのアクセスが容易である点も特筆すべき強みです。

日本国内では実際にサイクルツーリズムに力を入れている地域が多くあります。以下でご紹介する地域やイベントは、英語対応のウェブサイトが完備されています。必要な情報にアクセスしやすいことも、世界の成功事例との共通点として挙げられます。

愛媛県・しまなみ海道:オーストラリアへの積極的なアプローチも

海外サイクリストから「世界屈指のサイクリングルート」と評される「しまなみ海道」を中心に、海外からのサイクリスト誘致に力を入れている愛媛県。島々を結ぶ橋には自転車専用道が整備されており、安全かつ快適に走行できる環境が整っています。英語対応の案内やレンタサイクルも充実し、広島・松山両都市からのアクセスも便利。瀬戸内海の絶景を背景に、日本ならではの島文化や郷土料理を体験できる点も、訪日観光客に高く評価されています。

多言語対応の公式サイト「Cycling Ehime」では、サイクリスト向け宿泊施設やサポートサービスを紹介するなど、近年特に情報発信を強化しています。オーストラリア市場へのアプローチにも積極的で、日本政府観光局(JNTO)が主催する海外の旅行博やイベントへの出展、海外インフルエンサーの招致など、前向きなPR活動を展開しています。さらに、2027年5月に松山市で開催予定の「Velo-city 2027」を追い風に、「サイクリストの聖地」としてのブランドを世界に広める取り組みを加速させています。
【参考:愛媛県観光スポーツ文化部「Velo-city2027」】

岐阜県・SATOYAMA EXPERIENCE:持続可能な観光モデル

飛騨の里山を自転車で巡るガイド付きツアーで、訪日観光客の満足度が非常に高いプログラム。英語対応のガイドが同行し、農村の日常や文化を解説してくれるため、日本の生活文化を深く理解することができると人気に。少人数制で安全性も高く、非都市型観光を求める欧米系旅行者との親和性が高いのが特長です。「見る旅」から「体験する旅」へと価値を転換する、持続可能な観光モデルとしても期待を寄せられています。

滋賀県・ビワイチ:地域密着型の旅が魅力的

琵琶湖を一周する約200kmのサイクリングルートで、訪日観光客にとっては「水と文化の日本」を自転車で体感できる貴重な体験です。外国語対応のサインやルート案内、レンタサイクル設備が整っており、初めてでも安心と評判。ルート上には歴史的な町並みや地元の食、温泉など多彩な魅力が点在し、日本らしい「地域密着型の旅」が可能で交通量も少なく、自然と共存する静かな旅を好む訪日観光客に人気があります。

ツアー・オブ・ジャパン:観戦と観光をセットで体験

全国8エリア(堺、京都、いなべ、美濃、南信州、富士山、相模原、東京)を舞台に行われる日本最大級の国際自転車ロードレース。地域ごとに異なる自然や文化を楽しめるため、訪日観光客にとって観戦と観光を同時に体験できる貴重な機会に。選手と同じコースを走れるプレイベントや地域との交流も魅力的です。

オーストラリア人のライフスタイルとの調和

オーストラリアは豊かな自然環境に恵まれており、アウトドアアクティビティが日常的な余暇の過ごし方として広く定着しています。こうした背景から、旅行先においても自然とのふれあいやアクティブな体験を重視する傾向が強く、訪日旅行においても熊野古道でのウォーキングツアーや、長野・北海道へのスキー旅行が高い支持を得ています。
【参考:日本政府観光局(JNTO)

また、オーストラリアからの観光客数が多い日本の春や秋はサイクリングに適した季節。スクールホリデーとも重なり、滞在日数が長い多くのファミリー層が訪れます。

このような傾向を踏まえると、日本各地における自然・文化資源を活用したサイクルツーリズムは、オーストラリア人観光客との親和性が高く、今後のインバウンド観光戦略において有望な分野であると考えられます。特に持続可能な観光の推進と地域経済への波及効果を両立する施策として、積極的な整備と発信が求められます。

※訪日オーストラリア観光客の動向についての詳細は以前の記事をぜひご覧ください。

付随する課題

日本においてサイクルツーリズムの可能性は非常に高く、多様な自然や地域文化を生かした魅力的なルートが全国に存在します。しかしその一方で、訪日観光客にとって利用しやすく、安全な受け入れ体制の整備が普及の大きな課題となっています。

⚫︎サイクルツーリズム環境の整備

  • 英語対応の充実(レンタサイクル、多言語マップ、アプリの充実、観光案内所)
  • 安全対策とサポート体制(保険・トラブル対応の整備)

訪日観光客が安心してサイクルツーリズムを楽しむためには、多言語対応を含む基本的な受け入れ体制の整備が不可欠です。また、事故や故障といったトラブル発生時への対応も課題として挙げられます。サイクリスト向けの旅行保険や緊急時のサポート体制が整うことで、旅行者は安心して旅を楽しむことができるでしょう。

⚫︎自治体との連携

  • 交通インフラ(専用レーン・輪行環境の整備)
  • 体験型ツアー(E-Bike、文化体験との組み合わせ)

サイクルツーリズムの普及には、自治体と民間事業者の連携が鍵を握ります。特に、自転車専用レーンの整備や、列車などで自転車を持ち運べる「輪行」の環境整備は、旅行者の移動範囲を広げる上で重要です。これにより地方の中小都市や農村部など、これまで観光地として注目されなかった地域にも新たな集客が可能となります。また、E-Bike(電動アシスト自転車)を活用した体験型ツアーの開発や、地元の文化・食・自然と組み合わせたプログラムづくりも非常に効果的でしょう。

【参考:国土交通省「自転車活用推進計画」】

オーストラリアの「サイクルツーリズム」の把握が推進の第一歩

オーストラリアにおけるサイクルツーリズム市場の動向を俯瞰すると、その中心が一般的な観光客ではなく、いわゆる「コアサイクリスト」層に向けて構築されていることがわかります。実際に流通しているツアー商品の多くは、1日あたり70〜100kmを走破し、2週間で総距離1,500kmに達するような、長距離・高難度の本格的なプログラムが主流です。つまり、オーストラリアにおいてはサイクルツーリズムが経済的成果を挙げているのは、現時点では主に上級者市場に限られているのが実情です。

このような潮流を踏まえると、日本国内でファミリー層やライトユーザー向けのコンテンツを整備するだけでは、「訪日旅行の明確な動機」にはなりにくいと考えられます。サイクルツーリズムを、スキーやゴルフのように「それ自体が旅の目的となる独立した観光ジャンル」として位置づけることが、市場拡大の鍵になると考えられます。

まとめ

サイクルツーリズムを通じて、訪日観光客に日本各地の美しい景観と豊かな文化の新たな魅力を知ってもらうことは、地域経済に活気をもたらす可能性を秘めています。国土交通省も積極的に推進するこの取り組みは、自然環境や持続可能性を重視するオーストラリア人観光客のニーズとも高い親和性があるものです。

一方で、その可能性を最大限に引き出すには、英語対応環境や安全・サポート体制の充実、自治体と連携したインフラ整備が欠かせません。併せて、自治体が地域の観光資源を生かした魅力的なプランを主体的に発信していくことも、持続可能かつ魅力ある観光スタイルの定着には欠かせません。これらの取り組みは、まさに「健康」「観光」「エコ」の時代にふさわしい、持続可能で魅力的なサイクルツーリズムの実現に向けた重要な一歩となることでしょう。

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